掲載日 : [2017-10-25] 照会数 : 5526
訪ねてみたい韓国の駅<15>嶺東線 羅漢亭
[ 羅漢亭駅にバックで入線するスイッチバックトレイン。駅舎背後に見えるコンクリートの上にも線路がある ] [ スイッチバックの三段目から見た景色。谷底に今登ってきた二段目と、道渓駅へ続く一段目が見える(矢印) ]
観光鉄道で復活した絶景路線
えんじ色の客車が、ゆっくり、ゆっくり、バックで坂を下りてきた。駅舎の前をいったん通過し、しばらくすると戻ってきてホームに停車する。先頭には「蒸気機関車」が連結されているが、車体から聞こえてくる音は、今どきのディーゼルエンジンだ。
ここは羅漢亭(ナハンジョン)駅。韓国東部、江原道にある嶺東線の駅である。いや、正確には「かつてあった駅」だ。2012年まで、ここは韓国唯一のスイッチバック区間、羅漢亭スイッチバックの折り返し地点だった。
嶺東線東栢山(トンペクサン)〜道渓(トゲ)間は、直線距離で6キロの間に400メートルもの高低差がある韓国の鉄道最大の難所だ。要は崖の上と下に駅があるようなもので、普通に線路を敷いても鉄道が越えられるような場所ではなかった。
現在では、全長16・7キロメートルのソラントンネルが、トンネル内で円を描いて距離を稼ぎ、「崖」を越えている。しかし、嶺東線が建設された1960年代は、長大トンネルを建設する技術がなかった。そこで、狭い斜面へつづら折り状に線路を敷いて、行ったり来たりしながら崖を越えたのである。日光いろは坂の鉄道版と思えばわかりやすい。これが、羅漢亭スイッチバックだった。
谷の奥にある羅漢亭駅は、道渓駅から来た列車が、最初に進行方向を変える駅だった。ここから列車は1・3キロバックして谷を約40メートルよじ登り、山の上でもう一度進行方向を変えて東栢山駅を目指した。
列車が必死に山を登る様子を楽しめる、韓国屈指の絶景区間だったが、2012年、ソラントンネルの完成によってスイッチバック区間は廃止。だが、2014年、大手リゾート企業ハイワングループによって旧線が再整備され、鉄道をテーマとしたリゾート「チューチューパーク」として再オープンした。えんじ色の列車は、山の中腹にあるチューチュパークと羅漢亭の間を1日4往復する観光列車、スイッチバックトレインだ。平日の一番列車とあってまだ観光客は少ないが、パラパラと人が降りて来て、駅舎横のカフェの扉を開けた。毎日この列車で山を下りてきて、店を開けているようだ。
嶺東線は貨物輸送が盛んな路線だ。現役時代の羅漢亭駅には貨物列車が頻繁に発着し、構内も広かった。貨物列車が並んでいた側線には、今は手押しトロッコが置かれ、列車折り返しまでの間、自由に遊ぶことができる。無骨な機関車と貨車が行き交う殺伐とした駅は、田舎の景色を楽しめるのどかな公園に生まれ変わっていた。
10時発のチューチューパーク行きスイッチバックトレインに乗車した。
列車は3両編成で、1・2号車は銀河鉄道を思わせるゆったりとしたシート。最後尾は大統領専用車両をイメージした展望車だ。自由に利用できる展望スペースに立つと、先ほどまでいた羅漢亭駅がどんどん小さくなっていく。5分ほどで興田信号場に着き、再び進行方向を変えて山を登る。眼下の谷底に、今登ってきた線路と、さらにその下、道渓駅へ向かう線路が見えた。まもなく羅漢亭駅の真上を通過。確かに、列車は山を登っている。
約20分でチューチューパークに到着。この鉄道の楽しみは、まだまだこれからだ。もう少し旅を続けよう。
栗原景(フォトライター)
(2017.10.25 民団新聞)