「5月劇」の古典上演…色あいと味付けは?
『俳句歳時記』の「五月」の傍題に「聖五月」がある。カトリックの「聖母月」に由来するが、宗教とは関係なく5月の清々しい「聖性」が詠まれることも多い。
5月も終わろうとする今、「5月劇」のことが様々に思い出される。
韓国現代演劇では80年5月の光州事件を描いた一連の演劇を「5月劇」と呼んでいる。
今話題の韓国映画「タクシー運転手」も広い意味では「5月劇」の範疇に入るのではないか。
ソウルのちょっとずる賢い、けれど憎めない運転手がドイツの特派員を光州事件の現場まで乗せて行き、散々苦労の末に、また戻ってくるまでを描いている。あらゆる物語の原型「行(ゆ)きて帰りし物語」である。
この映画の1200万人動員とはいかないまでも、韓国には04年初演以来10万人動員のロングランとなった「ちゃんぽん」という「5月劇」がある。
舞台は、光州市の中華料理店「春来園」。ちゃんぽんの出前が軍人らしき男らに強奪されたのを機に、店の家族は光州事件が起こったのは、すべて自分たちのせいだと勘違いするブラックコメディー。チラシには、こう書かれている。
「5・18(光州事件)はちゃんぽん一杯のせいで起こった⁉」
作者で演出家でもあるユン・ジョンファンは語る。 「この作品は喜劇です。事件に対する先入観を捨てて、楽しく見てほしい。そして、公演が終わったら事件について、もう一度静かに考えてほしい」
彼はセリフを介さない韓国の代表的ノンバーバル・パフォーマンス「ナンタ(乱打)」を育てた演出家でもある。
それだけに、重い素材を軽やかに伝える奇想天外な想像力と、きめ細かな笑いと涙の仕掛けに満ちた作品に仕上がっている。
もう一つ「5月劇の古典」をご紹介したい。
光州事件で亡くなった兄を回想する女子高生クミの手記をもとに描いた「クミの五月」(パク・ヒョソン作)である。
初演は88年。96年にはアメリカ、カナダなど7大都市を巡演している。
終幕のクミのセリフは手記のタイトルであり、兄に捧げた墓碑銘でもある。
「一握りの土と、木の葉、草に集(すだ)く蟲の音も、この地では、すべて兄さんとひとつです」
この作品は今年3月、東京のシアタートラムでドラマリーディングされた。
「ちゃんぽん」の日本初演は09年東京、11年名古屋、12年東京(ドラマリーディング)、15年日大芸術学部演劇科、17年島根県出雲市など日本各地で上演された。そして、今年は盛岡で上演予定である。
80年5月の光州から出前される盛岡の「ちゃんぽん」。果たして、どんな色あいで、どんな味に仕上がっているのだろうか?
5月30日から6月1日。盛岡劇場タウンホールで20時開演。
(写真はリハーサル風景)
つがわ いずみ
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脚本家。1949年水戸生まれ。76年より放送作家活動開始。89年芸術選奨文部大臣新人賞、第3回ゴールデンアンテナ国際テレビ祭グランプリ受賞。著書『JODK消えたコールサイン』。共著『韓国現代戯曲集』。編集・共訳『韓日対訳創作シナリオ選集 金志軒』。共立女子大学非常勤講師。日韓演劇交流センター専門委員。
(2018.05.30 民団新聞)