掲載日 : [2018-07-20] 照会数 : 6472
【寄稿】説明・訂正なしはなぜ?朝日新聞<整合性欠く「休戦協定」記事・解説
韓国戦争(朝鮮戦争)(1950年6月25日勃発)の休戦協定(53年7月27日締結)についての「朝日新聞」の最近の一連の記事・解説は、整合性を欠いているのみならず、大きな誤りを含んでいる。読者の理解を助けるどころか、まちがった認識を与えかねない。同紙は、そのことについて気付いていないのか、7月20日現在、紙面を通じての説明も訂正もない。読者をして、誤読・誤解、そして混乱させることのないよう、事実の正確な報道・解説を望んでやまない。
【問題の記事・解説】
①5月23日付10面「朝鮮戦争 苦難の歩み 休戦から65年」=「(53年)7月に南北朝鮮と国連軍、中国の4者は停戦に合意し、国連軍を代表する米国と北朝鮮、中国の3者が休戦協定を結んだ。不満の残る韓国は署名しなかったが、協定実施は拒まないと約束した」
②6月8日付3面「韓国、米朝韓会談を模索」=「53年に南北朝鮮と国連軍、中国人民義勇軍の4者が停戦に合意。米国と北朝鮮、中国の3者によって休戦協定が結ばれた」、「北朝鮮は長年、休戦戦定を平和協定に換えることを強く望んできた。南北は4月27日の首脳会談で、年内に終戦を宣言し、3カ国か、中国も加えた4カ国で平和協定への転換を目指すことで合意した」
③6月9日付1面「『朝鮮戦争終結』踏み込む」=「朝鮮戦争は1950年に始まり、53年に国連軍を代表する米国と北朝鮮、中国の3者によって休戦協定が結ばれた」「戦争終結には休戦協定を平和協定に転換する必要があり、米国、北朝鮮、中国の3者、または韓国を加えた4者が署名しなければならない」
④6月9日付2面「朝鮮戦争」=「53年7月、休戦協定が米国、北朝鮮、中国の3者の署名で成立。韓国は『北進統一』を主張して署名を拒否した」
⑤6月25日付3面「MONDAY解説 高まる米朝融和の機運 朝鮮戦争休戦協定」=「国連軍司令官を務める米陸軍のクラーク大将と、中国人民志願軍の彭徳懐司令員、朝鮮人民軍の金日成最高司令官が署名。韓国は休戦に反対し、署名に加わらなかった」
「米朝中3者論」の誤り
まず、休戦協定を結んだのは誰か。①では「国連軍を代表する米国と北朝鮮、中国の3者」だが、②では「米国と北朝鮮、中国の3者」とされている。しかも②の翌日付の1面(③)では「国連軍を代表する米国と北朝鮮、中国の3者」とし、その裏面(④)では「米国と北朝鮮、中国の3者」としている。①と②のいずれが事実なのか。①と②との間に大差はなく、間違いではないとの認識なのだろうか。
休戦協定に署名したのは、⑤で指摘されているように「国連軍司令官を務める米陸軍のクラーク大将と、中国人民志願軍の彭徳懐司令員、朝鮮人民軍の金日成最高司令官」だ。①と③で指摘しているように、国連軍司令官は、韓国軍を含む国連軍17カ国を「代表して署名」したのである。「米軍=国連軍」であっても「国連軍=米軍だけ」ではない。したがって、署名者を「米朝中の3者」とするのは明白な誤りである。
次に、休戦協定と韓国との関係について。①と②では「南北朝鮮と国連軍、中国(人民義勇軍)の4者は停戦に合意」となっている。ところが、⑤では「韓国は休戦に反対し、署名に加わらなかった」と解説している。どちらが事実なのか。韓国は休戦(停戦)に「合意」したのか「反対」したのか。読者を混乱させるのに十分だ。ちなみに①は「不満の残る韓国は署名しなかったが、協定実施は拒まないと約束した」としている。
また、韓国に対しては「署名を拒否」し、「署名に加わらなかった」がために「休戦協定の当事者でない」とみなしているのも問題だ。本当に「韓国=非当事者」なのだろうか。
休戦協定の正式名は「朝鮮における休戦に関する一方国連軍司令部総司令官と他方朝鮮人民軍最高司令官及び中国志願軍司令との間の協定」である。
当時、韓国の李承晩大統領が「休戦は国土の分断(固定化)と同義語だ」とし「統一を阻む休戦」に強硬に反対し執拗に抵抗したことはよく知られている。だが、韓国軍はすでに国連軍司令部の指揮下にあった。
ソ連および中国の支援のもとに圧倒的に優勢な兵力を有し、十分な準備に基づく北韓軍の突然の全面南侵により総崩れ状態にあった韓国軍を建て直し、国土防衛にあたるため、李大統領が50年7月14日、臨時首都大田で駐韓米国大使を通じて韓国軍の作戦指揮権を国連軍総司令官に委譲していたからである(「大田協定」)。
国連軍側は、韓国軍を含む参戦17カ国が統一的司令部を構成、その指揮下にあったので、国連軍総司令官の署名をもって休戦協定の参加が完了した。韓国も米国などほかの参戦国と共に法理的に休戦協定の当事者に他ならない。
そもそも休戦協定は、戦闘行為の停止とそれに伴う捕虜交換などの取り決めが目的であったから、交戦当事者の軍司令官が署名したのであり、また軍司令官の署名だけで十分であった。協定署名者に韓国の名前がないことをもって「休戦協定当事者でない」とするのは明らかに間違いだ。同協定に直接署名したか否かが問題だとするなら、米国もまた協定当事者ではないことになる。なぜなら、署名したのは米軍代表ではなく国連軍代表だからだ。
韓国大統領の発言
2000年6月に金正日国防委員長との南北首脳会談で「6・15宣言」を発表した金大中大統領は、同年10月、「休戦協定締結当時、米国のクラーク将軍が署名したが、これは国連軍代表(総司令官)として行ったもので、国連軍の一員だった韓国は当然協定当事者である」(10月31日付「コリア・タイムズ」創刊50周年会見)と強調していた。この金大統領発言に北韓が異議を唱えることはなかった。
同年1月に日本で翻訳・発行された金大中アジア太平洋平和財団著「金大中平和統一論」(朝日新聞社)でも「韓国は、すべての国連参戦国と共に国連軍総司令官によって代表されるという形で休戦協定締結の当事者になっていた」と指摘していた。
かつて李承晩大統領の命令で休戦会談に韓国軍代表として参加した白善燁・「6・25」50周年記念事業委員長(元陸軍大将)も「韓国は休戦協定に署名しなかったのでなく、国連軍の一員として含まれていた」と指摘している(韓国日報03年7月25日「6・25停戦50周年」)。
「朝鮮戦争全史」(岩波書店)などの著者で日本での韓国戦争史研究の第一人者として知られる和田春樹・東京大学名誉教授は 、13年7月に東京で開かれた「朝鮮戦争停戦60周年記念学術シンポジウム『朝鮮戦争――戦争・停戦・平和』」(日朝国交促進国民協会主催)での報告(「朝鮮戦争の本質と停戦過程の特徴」)で「李承晩は最後まで停戦協定に署名しないと言い続けたが、 この軍事行動停止の協定は戦っている軍隊の間で結ばれるものであるから、韓国政府は署名するように求められてはいなかった。韓国軍は国連軍の一部であるので、当然ながら韓国軍も停戦協定に参加している」と指摘。「韓国は協定当事者でないというのは正しくない」と強調している。
同シンポジウムで「朝鮮戦争を終わらせる平和体制の考察」と題して報告した文正仁・延世大学教授(当時、金大中図書館館長。現在、文在寅大統領統一外交安保特別補佐官)も 「停戦協定に署名した主権国家の唯一の代表者は北韓の代表者であった。協定に署名した米国の代表者も米国ではなく国連、つまり国際機関の代表者であり、中国の彭徳懐将軍も中国政府の公式な代表としてではなく、中国人民志願軍を代表して署名した。韓国の法的地位に疑問を抱くのは妥当でない。休戦協定の当事者だ」と指摘した。
ちなみに、こうした韓国大統領をはじめとする「韓国は協定当事者」との発言について、「朝日新聞」のみならず日本の主要メディアは、これまで伝えていない。その発言内容が「妥当かどうか」について検討・検証したうえでの無視なのかどうかも定かではない。
なお、北韓の初代最高指導者・金日成は72年年頭の「読売新聞」記者との単独会見(当時首相)で、韓国を休戦協定の当事者とみなし、「朝鮮での緊張を緩和するためには、なによりも朝鮮休戦協定を南北間の平和協定に替える必要がある」と強調していた(72年1月11日付「読売新聞」1面トップ)。
「朝日新聞」の熱心な読者を、さらに混乱させているのは、②で「南北は4月27日の首脳会談で、年内に終戦を宣言し、3カ国か、中国も加えた4カ国で平和協定への転換を目指すことで合意した」と指摘しているのに、その翌日付けの③では「戦争終結には休戦協定を平和協定に転換する必要があり、米国、北朝鮮、中国の3者、または韓国を加えた4者が署名しなければならない」と主張していることだ。
何を根拠に、南北首脳「4・27板門店宣言」をも無視もしくは軽視するかのような、このような主張(韓国抜きの平和協定転換可能論)が、この時点でなされているのか理解しかねる。
読者に対する責任
「朝日新聞」は「東京電力福島第一原発事故に関する記事の取り消しなど2014年の一連の問題の後、どんな小さな誤りもきちんと正そうという方針のもと訂正数は急増」したが、「16年には前年より28%減り、月別では一連の問題以前の水準まで下がった」という(同紙17年1月24日「パブリックエディターから」)。同社は一連の改革の中で、紙面のどこであれ訂正があった場合は、必ず決まった掲載場所(社会面)に「なぜ、どのように間違えたか」という説明も含めて訂正内容を出すことになったという。
だが、韓国戦争の休戦協定に関して「大きな誤り」を含み、読者をミスリードしかねない前述の記事・解説については、まだ、紙面を通じての説明も訂正もない。「検討・検証結果」を速やかに公表し、読者に対する説明責任を果たすべきである。
朴容正(元民団新聞編集委員)