掲載日 : [2018-10-31] 照会数 : 6457
時のかがみー「釜山随一の酒」桃井のりこ(編集者・プロデューサー)
[ 劉清吉さんと母の田南仙さん(鈴木圭撮影) ]
名人の生マッコリ500年来の麹と水で
日本では特別な時以外、お酒を飲まない私だが、釜山滞在中は毎日のようにマッコリを飲んでいる。
韓国を代表する伝統酒のマッコリは、米を主原料に麹を加えて発酵させた醸造酒。最近はサツマイモや栗、梨、イチゴなどを加えた品もあり、日本でも女性に人気だ。
現在、韓国にはマッコリ醸造所が約700カ所あると聞く。釜山にも大小の醸造所があり、なかでも「金井山城マッコリ」が有名で、1979年には民俗酒第一号に認可されている。
金井山城マッコリは、釜山北部の金井山の中腹にある山城村で作られている。金井山は新羅時代に築城されたといわれる山城の城壁が一部残る、文化的価値が高い地でもある。盆地状に広がる山城村はのどかで、人口は1400人ほど。金井山登山の拠点で、マッコリ、黒山羊肉料理、鴨肉料理が名物だ。
さて、このマッコリ。約500年の歴史をもつ麹で作られているのが特徴だ。その昔、周辺の僧侶たちが副業として作っていた「山城麹」。山城築城時には、この麹で作ったマッコリが作業員のおやつ代わりだったという。これが金井山城マッコリの始まりだ。
その麹が村の人たちに伝わり、手作りされるようになったという。その手法は母から嫁へと脈々と受け継がれ、今に至る。村では6人の女性が毎朝、麹作りに励んでいる。麦を原料にした麹の生地を足踏みし、円状に形成し、麹部屋で寝かせて、じっくりと発酵させる。女性たちが踊るように足踏みする光景は、民族的で、どこか神聖だ。
金井山城土産酒の代表で、韓国唯一のマッコリ名人にも認定されている劉清吉さんは、山城麹を活かして、1998年より本格的にマッコリ作りを行ってきた。伝統ある麹と金井山の地下水を用いたマッコリは、火入れしない生マッコリ。そのため、栄養成分も生きたままで、アミノ酸も多数含有している。
「生酒ですから、ボトリング後も静かに発酵が進みます。味も湿度や気温で微妙に変わります。個人的にはボトリングしてから4日目ぐらいの味が好きです」と劉代表は話す。
私も4~5日目ぐらいに感じる酸味とほどよいコクが気に入っている。アルコール度数は8%と一般より高めだが、それも独自の味の一部といえる。
さて、劉代表の母親の田南仙さんは現在87歳。5年前まで麹を作っていたそうだ。私は数年前から何度かお会いしているが、少し腰の曲がった柔和なおばあさんという印象だった。しかし、最近、テレビで麹についてインタビューに答えている様子を見て驚いた。その口調は毅然とし、自身の歴史と女たちが守ってきた麹に対する誇りが強く感じられたからだ。
現在、釜山のリゾートエリア海雲台では、100階を超える超高層ビル群の建設が進む。私は急速に変化する釜山を感じながら、マッコリを飲む。ほろ酔いのなか、山城村で麹を踏む遠い昔の女性たちに思いを馳せながら…。
桃井のりこ(編集者・プロデューサー)
(2018.10.31 民団新聞)