李炯植さん
NPO法人Learning for All(LFA=ラーニングフォーオール)代表理事
◆LFA立ち上げ
2014年7月に貧困世帯の子どもたち向けの学習・生活支援をするNPO法人「LFA」(東京・新宿)を設立し、代表理事に就任しました。なぜ貧困の子どもらの支援を始めたかと言いますと、自分自身が育った周りの環境に貧しい家庭が多く、貧困や格差をずっと見てきたのが契機になっています。登下校中に路上生活者が凍死して運ばれるのを目にするような環境でした。同世代の中にはお金がなくて専門学校にも通えず、夢をあきらめて働かざるを得ない状況が多くあり、「それはおかしいのではないか」とずっと思っていました。
東京大学に進学して日本社会の両極を見ました。自分が育った環境とは全然違う、世帯所得も文化資本も持ち合わせた同級生が多い中で、「日本に存在する格差を是正していかなければならない」と、教育支援事業に携わりました。
そこで見たのは、算数の九九が解けない中学生。家で勉強すると怒られる女の子。1日に食べたのは学校給食だけという児童。貧困の再生産があり、一人親世帯の増加があり、地域格差がありました。そういう現場を知る自分だからこそ、社会課題に取り組むべきだと思い、LFAの活動を始めました。
◆日常の活動内容
日本の中で7人に1人の子どもが貧困だと言われています。子どもの貧困率は13・9%という状況で、0歳から18歳までの約280万人がその状態に置かれています。経済格差が学力格差になるというデータが出ていて、貧困世帯で生まれた子どもたちほど学力がつきにくい。低学歴になりやすく、それが就職の差につながり、貧困の連鎖につながる。そういう問題を解決したいというのが活動の主になっています。事業は大きく分けて2つです。
1つが自立するための力を育てる「学習支援事業」で、生活困窮の家庭の子どもたちに学校の内外で無料の塾を開いて学習を補填していくサポート事業です。年間1000人くらいの子どもたちに教えています。大学生を主にしたボランティアが年間400人くらい活動しています。
2つ目が安心できる居場所をつくる「子どもの家事業」で、小学1年生から3年生までの低学年の子どもたち向けの「学童保育」のようなものです。月曜日から金曜日まで週5日、14時から21時まで子どもを預かり、子どもたちが安心・安全な居場所で健やかに成長できるような環境整備をしています。毎食ご飯を出し、歯磨きや入浴の習慣がない子もいますで、生活習慣の形成からサポートする事業です。
17年度の活動実績は「学習支援事業」が支援した子どもの延べ人数1009人、参加大学生教師の延べ人数406人。支援した中学3年生34人は全員が高校に進学することができました。「子どもの家事業」で支援した子どもは13人でした。
◆日本社会に発信
18年1月、AERAの「生きづらさを仕事に変えた社会起業家54人」に選出され、8月にはフォーブス・ジャパン誌で今年の世界を変える「30歳未満30人の日本人」に選ばれました。
民族的な雰囲気の中で育った在日4世ですが、日本語しか話せません。日本人ではないのが自分のアイデンティティーですが、韓国人かというと、それも曖昧です。どっちつかずの所にいると感じながら生きてきました。どっちかになりたいともあまり思いません。それが私のリアルな感想です。今の時代、どこかの国家や国籍と自分のアイデンティティーを一対一で対応させることがどこまでできるのか疑問に思います。
本名を名乗っていても私のことを韓国人だと思っていない日本人のほうが多く、私の国籍を気にしていないのではないかと思います。差別意識も昔に比べれば少なくなり、韓国人だから差別するという時代ではなくなってきたと感じます。
私たちの世代は次の時代の国家観とか市民社会がどうなっているのか、その中でどう自らのアイデンティティーを持って生きていくのか、きっちりビジョンを持たねばなりません。祖父母や父母の世代が頑張ってくれたから私たちの世代に対する差別が少なくなってきました。その中であぐらをかくのではなく、オールドカマ‐の子孫である私たちがしっかりビジョンを持たないと、この国が多文化共生社会に移行しないし、私たちが幸せに生きていくことにつながらないと思います。在日以外の新しい国籍者が増える中で、この国がまた差別や排除を繰り返すのは良くありません。私たちが無批判に同化するのも良くありません。私たち在日が何もなかったことになるからです。在日の歴史を建設的に受け止め考えて、この社会を前に進めていくことに頭を使いたいと思います。
◆今後の方向性
これまでの活動でわかったことは、どんなに困難な状況にある子どもでも、その子に合った適切な学習機会や方法を提供すれば、必ず成長し、前向きになるという確信でした。学習以前に「生活習慣」「愛着形成」「認知能力形成の土台となる発達」などに遅れがある子どもが多く、学習だけでなく、より幅広い支援を低年齢から、家庭を巻き込んだ形で実施する必要があります。
私たちが目指す「子どもの人生を変え、社会を変える変革」は、現在進行形の事業です。「教育格差を終わらせる」仲間を広げたいと思います。「LFA寄付」を検索してみて下さい。
1990年、兵庫県尼崎市生まれ。東京大学在学中に学習支援事業に従事。「全国子どもの貧困・教育支援団体協議会」幹事。
(2019.01.01 民団新聞)