掲載日 : [2019-01-30] 照会数 : 7773
時のかがみ「いつか、スターに」津川泉(脚本家)
[ 「老いた泥棒の話」の一場面 ] [ 韓国現代戯曲集Ⅸ(編集発行 日韓演劇交流センター) ]
韓国ミュージカル世界にはばたくか
極寒の夜空の星は明るく冴え冴えと見える。とりわけ1月は冬の大三角形がひときわ鮮やかだ。
「星一つ増えるのが恐いか?そりゃあ、有名人たちのことか?金大中、盧泰愚、全斗煥、大統領のうち三人が前科者だ。(中略)前科者でなきゃ政治はできん、前科者でなきゃ世界一流企業になれん、いいか。前科者でなきゃ芸術もできっこないんだ」(李相宇「老いた泥棒の話」拙訳『韓国現代戯曲集Ⅸ』所収)
老泥棒2人が豪邸に金庫破りに入る芝居に出てくるこのセリフの「星」は「前科」の隠語。89年の初演以降ロングラン、再演を重ねる李相宇の代表作である。
彼の演出デビュー作は「チルスとマンス」(86年)。この演劇が大ヒットして、88年、安聖基、朴重勳主演、朴光洙監督により映画化された。民主化直後の閉塞状況を描いたコリアン・ニューウェーブの社会派映画として演劇より映画の方が有名になった。
社会派といわれる李相宇にも「いつか、スターに」(95年)という創作ミュージカルがある。これは第1回韓国ミュージカル大賞受賞作である。スター誕生の物語ですかと作家に問い合わせたところ、そうではなく、ロミオとジュリエットの結末と似た話だという返事。どうやら19世紀の女性作家B・Mクレーの『女より弱き者』を種本にした尾崎紅葉『金色夜叉』を、さらに翻案した新小説『長恨夢』(趙重桓・1884~1947)が基になったストーリーらしい。
この作品を制作した劇団エイコムは輸入ミュージカルではなく韓国独自の創作ミュージカルを創るために91年に発足。
95年初演の本格創作ミュージカル『明成皇后』(李文烈原作・金光林脚本・尹浩鎭演出)が高い評価を受けるや、97年の「IMF事態」の最中に本場アメリカに乗り込み好評を博した。
収支面では赤字だったが、5年後には黒字に転じ、20余年後の今は「国民的ミュージカル」とまで呼ばれるようになった。公演は一千回を超え、観客も100万人を突破したという。ほぼ同時期(94年)に初演された『地下鉄1号線』(フォルカー・ルードヴィッヒ原作・金敏基翻案・演出)も2000年に一千回公演を達成。昨年は原作者を招き10年ぶりに再演された。
こうした小劇場のミュージカルももちろん盛んだが、今や韓国は大型のミュージカル専用劇場も備え、大型化の時代を迎えている。
安重根をモデルにした「英雄」(09年)、趙廷來の大河小説「アリラン」(15年)の翻案、世宗大王がハングルを創った年をタイトルにした「1446」(17年)など歴史上の大人物や、民族受難史を背景とした大作が次々と登場している。
制作費も巨費が投じられ、国内市場だけでは回収困難なため、アジア発の文化産品として世界市場を視野に入れているのは明らかだ。
韓国創作ミュージカルが「いつか、スターに」なる日も近いのではないか。
(2019.01.30 民団新聞)