掲載日 : [2019-02-14] 照会数 : 7218
時のかがみ「韓国映画の100年」桑畑優香(ライター・翻訳家)
[ 1930年代の「新女性」を描いた名作「迷夢」の一場面(韓国映画振興院提供) ]
「100選」翻訳して思う「映画は時代を映す」
韓国映画は今年、韓国(当時の朝鮮)で制作された映画が初めて上映されてからちょうど1世紀を迎える。朝鮮初の映画と認められているのは、キム・ドサン監督の「義理的仇討」で、1919年10月27日に公開された。
その100年目の節目の日に、韓国映像資料院が出版した「韓国映画100選」という本を日本で翻訳出版する準備を進めている。神保町のブックカフェ・チェッコリが運営するノンフィクション翻訳講座で、「韓国映画100選」を教材として読み進め、翻訳本として完成させるプロジェクトだ。
「韓国映画100選」は、韓国映像資料院設立40周年を記念して、2013年に出版された。映画学者や評論家62人にアンケート調査を行い、ベスト100を選定。1934年公開の「青春の十字路」(イン・ジョンファ監督)から2012年公開の「嘆きのピエタ」(キム・ギドク監督)まで、それぞれ見開き2ページで詳しく解説している。
本を翻訳するうちに気づいたのは、その時代に作られた映画は、過去を舞台に再現する映画では表現することが難しい、リアルな迫力と驚きを秘めているということだ。
例えば、韓国映像資料院に保存される最古の劇映画として知られる「迷夢」(1936、ヤン・ジュナム監督)。日本の植民地時代の京城を舞台に、百貨店で洋服を買うときに「一番高いのちょうだい」と言う、瀟洒なマダムのエスンが主人公。エスンは、夫と娘を捨てて愛人の元に走り、さらに当時セクシーな舞踊家として人気を博したチョ・テグォンを追いかけるという、恋に奔放な女性だ。
「韓国映画100選」によると、1930年代は「新女性」と呼ばれる、いわゆる「モダンガール」が朝鮮半島の都市部に誕生した時期。朝鮮王朝時代は良家の女性は一人で街を歩くことが一般的ではなかった(夫と歩くのが普通とみなされていた)ことから一転、街を堂々と闊歩し始めた「新女性」たちに、男性や旧世代の人々は戸惑い、非難したという。その厳しい世間の目を象徴するかのように、「迷夢」のエスンの人生も悲劇へと向かっていく。また本は、「新しい女性の生き方を問う「迷夢」は、朝鮮半島の映画制作環境が比較的自由だった時期だからこそ作ることができた」とも解説する。戦況が厳しくなるにつれ、映画産業は朝鮮総督府の統制下におかれるようになり、プロパガンダ色を強めていく。そんな中、表現の自由が多少なりとも許容されていた短い時期に作られた「迷夢」は、当時を生きた人々の欲望や道徳観をストレートに垣間見るという意味で、貴重な作品だと言えるだろう。
ちなみに「韓国映画100選」が選ぶベスト作品同率1位は「下女」(1960・キム・ギヨン監督)、「誤発弾」(1961・ユ・ヒョンモク監督)、「馬鹿たちの行進」(1975・ハ・ギルジョン監督)。これらは、韓国映像資料院の公式YouTubeで全編無料で鑑賞することができる。
(2019.02.13 民団新聞)