掲載日 : [2020-03-29] 照会数 : 9991
【寄稿】「6・25」70周年 朝鮮学校「歴史教科書」の「朝鮮戦争」
[ 教科書原本の写真(左)と日本語翻訳本の写真 ]
1950年6月25日の韓国戦争(「6・25」/朝鮮戦争)勃発から今年70年になる。この戦争は3年あまり続き、同胞だけでも数百万人が犠牲となった。しかも国土を荒廃化させたのに加えて南北分断を決定的にし、1000万人にものぼる離散家族の悲劇を生んだ。「6・25」は北韓の金日成が武力統一のために、スターリン(ソ連)と毛沢東(中国)の承認と援助を受け電撃全面南侵し開始したものだった。だが、この戦争について朝鮮総連が運営する朝鮮高級学校(高校)では、歴史教科書などを通じて「米国の指図を受けた南側(李承晩)が引き起こした」と歴史を完全に歪曲して教えている。ばかりか、中国軍の参戦と作戦指揮・指導によって敗北を免れ、3年後に休戦にこぎつけたにもかかわらず、金日成の「卓越した指導」によって「祖国解放戦争」に「勝利」したと美化し、戦争責任を転嫁するとともに金日成個人崇拝および神格化に尽力している。
◆「南侵」を「北侵」と全的に捏造・責任転嫁
朝鮮高級学校で使用されている歴史教科書「現代朝鮮歴史 高級1」は以下のように記している(「第2編 祖国解放戦争」)。
「共和国政府は、祖国の平和統一を終始一貫主張し続け、米帝と李承晩の戦争挑発策動が絶頂に達した時にも、なんとしてでも戦争を防ぎ平和統一を実現するためのあらゆる努力を尽くした。しかし南朝鮮当局は、全面戦争に挑発する犯罪の道へと進んだ」「米帝のそそのかしのもと、李承晩は1950年6月23日から38度線の共和国地域に集中的な砲射撃を加え、6月25日には全面戦争に拡大した」「敬愛する金日成主席様におかれては、(25日の)会議で朝鮮人をみくびり刃向かう米国の奴らに朝鮮人の根性を見せてやらねばならないとおっしゃりながら、共和国警備隊と人民軍部隊に敵の武力侵攻を阻止し即時反攻撃に移るよう命令をお下しになった」
だが、史実はどうか。「6・25」は、金日成が武力統一のためにスターリン、毛沢東の了解(共同謀議)の下に周到な計画と準備を整え開始したものだった。このことは、90年代になり、冷戦崩壊後の旧ソ連の最高機密文書・史料公開などによって、もはや誰も否定できなくなった。
ロシアの国際政治学者・歴史家のA・V・トルクノフは『朝鮮戦争の謎と真実-金日成、スターリン、毛沢東の機密電報による-』(草思社、2001年)で、戦争をめぐる北韓・ソ連・中国の関係はスターリンが毛沢東、金日成に対して指令を下す関係にほかならなかったことを明らかにしている。
金日成は49年3月にはモスクワでのスターリンとの会談で南侵の意思を表明。スターリンは50年1月に計画を承認し、4月に金日成をモスクワに呼んでいる。金日成はスターリンの指示で5月に北京で毛沢東と会談して計画を説明、支持を得た。この後、北韓は6月7日に祖国統一民主主義戦線が韓国の諸政党と社会団体に、同19日には最高人民会議常任委員会が韓国国会に、それぞれ平和統一方案を提示し対話を呼びかけた。全面南侵はその6日後だった。
東西冷戦後に公開された新資料に依拠して、戦争の全過程、全体像を描き出した『朝鮮戦争全史』(岩波書店、2002年)の著者である和田春樹・東京大学名誉教授は、「ソウル新聞」(2010年6月16日付「韓国戦争60周年企画」)のインタビューで「韓国戦争は北韓が明確に武力で統一しようとの目的で南韓に侵入したものだ。北韓の南侵をスターリンと毛沢東が支持した。(略)金日成が3度ほどスターリンに南侵(計画承認)を要請し、結局、スターリンがこれを受け入れ、韓国戦争が起きた」と指摘している。
和田名誉教授の『北朝鮮現代史』(岩波新書、2012年)の第3章「朝鮮戦争」の小見出しは「開戦許可求める北朝鮮」「スターリンのゴー・サイン」「金日成、ソ連・中国を歴訪」「三段階の作戦計画」「開戦」など。「開戦」の本文では「北人民軍への攻撃命令は、6月23日と24日に出された。そして軍事行動は25日未明に38度線の全線ではじまった。シトゥイコフ大使は26日にモスクワに報告している。(中略)6月25日は日曜日であり、北人民軍部隊の攻撃は韓国軍にとって完全に不意打ちだった」と述べている。
◆金日成神話化へ「解放戦争勝利」と歪曲・美化
北韓軍は奇襲南侵により3日後にソウルを陥落させ、破竹の進撃で南部の釜山周辺にまで迫った(「現代朝鮮歴史 高級1」は「全人民の積極的な支援の下、人民軍は戦闘の成果をより拡大して戦争が起きてから1か月余りの間に南朝鮮地域の90%以上と人口の92%以上を解放した」と記述)。だが、米国を中心とした国連軍が9月15日に仁川上陸作戦を成功させることで戦況は一変。国連軍がソウルを奪還し、38度線を突破して北上すると北韓軍は総崩れとなった。
北韓軍の敗走に伴い、10月にはソ連軍の武器弾薬で武装した数十万人もの中国人民志願軍が参戦。戦争の主役は北韓軍から中国軍に変わった。12月にはスターリンの指示のもとに北韓軍は中国軍と連合指令部を構成させられた。中国側が指揮権を握り、北韓側はその配下に入った。中国人民志願軍の彭徳懐司令員が中朝連合司令部総司令官に就任し、作戦は彭総司令官が毛沢東の指示を受けて取り仕切っていった。
「金日成は今後も朝鮮人民軍最高司令官の肩書を保持するものの、戦争の作戦指導からは完全に排除された。金日成にとってこれは屈辱的な事態であった。戦争はこうして組織的にも米軍と中国軍の戦争になったのである」(和田春樹『北朝鮮現代史』)。
51年7月から始まった休戦交渉も、毛沢東が管轄していた。毛沢東はスターリンに定期的に状況を報告し最重要問題に関して忠告を仰いだ。休戦交渉本会談の場で総指揮をとったのは、彭徳懐から全権委任された中国軍代表の解方少将だった。中朝連合司令部の存在は、対外的に秘密に付され、公開されることはなかった。そのため休戦協定の署名(53年7月)は彭徳懐だけでなく金日成もすることになったのである。
中国は3年間に延べ300万もの兵力を投入したといわれる。中国側の支払った代価は大きかった。死者は公式的には11万6000人とされているが、実際は100万人に達したとみられている。中国軍の参戦と連合司令部の構成により、北韓の存続が保障された。ちなみに、休戦の時点での中国軍は約120万人だった。中国軍は休戦協定調印後も北韓内に残り、鉄道線路の補修など、北韓の戦後復興に協力した後、58年10月に完全撤退した。
ところが、「現代朝鮮歴史 高級1」ではどうなっているか。「日ごとに敗北のみを重ねて行き詰まり窮地に陥った米帝は1953年7月27日朝鮮人民の前に膝を屈し、板門店で停戦協定に調印した」「3年間の祖国解放戦争は、全朝鮮を占領し、さらにアジアと世界を制覇しようという米帝の侵略計画を破綻させた」としている。そして「全世界の進歩的人民は、世界史上初めて米帝に打ち勝ち、祖国解放戦争を勝利に導かれた敬愛する主席様を『偉大な軍事戦略家』、『反帝闘争の象徴』として高く称賛し、わが人民を英雄的人民と称揚した」とし、「朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議常任委員会は、祖国解放戦争で卓越した軍事知略と指揮によって敵に殲滅的打撃を与え、祖国の歴史に不滅の業績を積まれた敬愛する金日成主席様に1953年2月7日、朝鮮民主主義人民共和国元帥称号を、7月28日には朝鮮民主主義人民共和国英雄称号を捧げた」と教えている。
「6・25」の人的被害について正確な統計はないが、世界規模の大戦ではない個別の戦争において、その大きさ、直接には死者数の多さという点で突出していた。和田春樹・石坂浩一編集『岩波小辞典 現代韓国・朝鮮』では「北朝鮮側は250万、中国志願軍は100万、韓国側は150万、米軍は5万の死者を出した」としている。この戦争はまた、南北1000万人と言われる離散家族を生んだ。当時の人口は南北合わせて2865万人で、3人に1人が家族離散の被害者になった。休戦から67年にもなるのに、これまで南北間合意により再会を果たした離散家族はごく一部にすぎない。北側の拒否により、自由往来・再結合はもとより故郷訪問や定期的面会、そして書信の交換すらいまだに実施されていない。
金日成は、自らが開始した民族相食む戦争の責任を取らぬどころか、「外勢が強占した祖国の地を取り返す戦争」「祖国解放戦争」などと美化し自分の独裁体制づくりと神話化に力を注いだ。休戦協定調印の翌日、平壌で11万市民を集めた「祝賀集会」での演説で、開戦や敗戦(武力統一失敗)の責任には触れず、「朝鮮全体を『植民地』にし、ソ連と中国に対する軍事基地に変えようとした『米帝国主義者』の企てを粉砕し、敗北させた」「わが国とわが人民が勝ち取った偉大な勝利である」と宣言した。
南北分断の固定化と軍事対峙の恒常化を招いた「6・25」を、北韓では「敬愛する金日成主席の卓越した領導により朝鮮人民軍と朝鮮人民は祖国解放戦争に勝利した」と喧伝。7月27日を「米国から降伏書を勝ち取った勝利記念日」と称して大々的に祝ってきた。権力を世襲した金正日は97年4月、「朝鮮解放戦争勝利記念日」を国家的名節「戦勝節」に制定。そして金日成王朝体制を継いだ金正恩は2013年7月、休戦60周年にあわせて「祖国解放戦争勝利館」を全面改装、「勝利者の大祝典」として金日成広場で大規模な閲兵式(軍事パレード)を行った。
◆生徒へ誤った歴史認識の刷り込み続く
日本での北韓当局の忠実な代弁機関である朝鮮総連が運営する「朝鮮学校」の歴史教科書は、「民族教育」が、金日成一族への忠誠心を植え付けるために歴史を歪曲・ねつ造し、誤った歴史観を刷り込む「洗脳教育」であることを示している。「わが民族」を「金日成民族」と呼び、金日成・金正日・金正恩3代を「わが民族の偉大な太陽」「民族の最高尊厳」などと称し崇拝させ、生徒たちを金日成王朝体制と総連のために忠実に貢献する人材に育成、奉仕させる「民族教育」が「金日成民族教育」であることは、在日同胞にとっては周知の事実である。
総連の「民族教育」の頂点にある朝鮮大学校の朴三石教授は、『知っていますか、朝鮮学校』(岩波ブックレット、2012年)で朝鮮学校の朝鮮歴史教科書の特徴として、「朝鮮歴史にかんする教科書の第二の特徴は、日本にありながらも朝鮮半島の北と南、海外にいる朝鮮民族が読んでも理解できる『民族統一教科書』を目指して記述されていることである」などと説明していた。だが、当時も現在も、そのような教科書でないことは、現物を読んでみるならば明らかだ。朝鮮高級学校の教科書「現代朝鮮歴史 高級1」、「現代朝鮮歴史 高級2」、「現代朝鮮歴史 高級3」の全訳日本語本(「星への歩み出版」発行)参照。
たとえば、「現代朝鮮歴史 高級1」(1945年8月~53年7月)では、45年8月の北韓地域の解放がソ連の軍事力によってなされ、軍政が行われたこと、金日成はソ連(スターリン)のお眼鏡にかない指導者となったことなどを隠し、金日成が日本軍を降伏させ祖国を解放・凱旋したかのように教えている。「高級2」(53年8月~80年)では68年1月23日の元山沖での「米軍情報収集艦プエブロ号拿捕」を写真まで掲載して教えているが、その2日前の1月21日の「青瓦台襲撃ゲリラ事件」(北韓が朴正煕大統領暗殺のために特殊軍部隊31人を遊撃隊に仕立てて南派。大統領官邸・青瓦台の裏にある北漢山の麓の道まで侵入したところ、検問を受けて銃撃戦となった。2日間わたる戦闘の結果、26人が死亡、4人が逮捕され、1人が逃走した。韓国側の死者は68人にのぼった)には頬かぶりを決めている。
「高級3」(80年~2002年)では、83年10月に全斗煥大統領一行を狙って決行したラングーン爆弾テロ事件(閣僚4人を含む韓国高官17人死亡)は記述せず、「88年ソウル・オリンピック」妨害のために実行した87年11月の大韓航空機爆破事件(乗客・乗員115人全員死亡)については「南朝鮮旅客機失踪事件」と称し、「南朝鮮当局」による「でっち上げ」で、「大々的な『反共和国』騒動を繰り広げた」と記述している。
金日成絶対化と金日成王朝体制無条件擁護のために、歴史を都合よく改ざんし嘘で塗り固められた朝鮮学校・歴史教科書は、在日同胞にとってはもとより、南北の相互理解・融和を通じた民主・先進化統一推進にとっても百害無益であり、速やかに破棄されなければならない。民主体制と真逆な全体主義体制(金日成王朝)への無条件擁護・支持を促す教育に対しては、その廃止を求めこそすれ、礼賛して支えるようなことがあってはならない。
◆韓国「進歩派」人士たちのトンデモ発言
総連の機関紙「朝鮮新報」(2月19日付)は「民族教育は真の統一教育/南地域教員たちが見たウリハッキョ」との大きな見出しで、2月6日から9日に日本を訪問し、関東の朝鮮学校を訪れた韓国の「ウリハッキョと子どもたちを守る市民の会第14回訪問団」の話を紹介した。その中でソウルの小学校教員の「子どもたちに自分たちがわが民族の一員であることを教えてあげる朝鮮学校の教育こそ真の統一教育だ」という言葉を伝えた。また3月4日付では「取材ノート」欄で「朝鮮学校の先生たちは、統一について堂々と教えていました。そして子どもたちも胸を張って学んでいました。統一祖国の主人公になると、思い切り歌っていました。本当にうらやましいです」との第14回訪問団の「とある南の教師の話」を紹介している。
「朝鮮新報」は、これまでも「ウリハッキョは、在日だけの宝物ではなく、南と北の宝物であり、世界の平和を愛する多くの人々の大切な宝物」(映画監督)、「民族の国宝1号は朝鮮学校だ」(6・15共同宣言実践南側委員会常任代表)などと、朝鮮学校を訪問した韓国の「進歩・統一運動」団体幹部・人士らの言葉を引用・紹介してきた。こうした人々は、総連の「民族教育」が北韓世襲独裁の指導のもとに進められている「金日成民族教育」であることを承知の上で、絶賛し、継続支援を呼びかけているのだろうか。
総連は、北韓を「南北すべての人民の総意によって建設された唯一正当な主権国家、唯一の祖国」と定め、「すべての同胞を『共和国』のまわりに総結集させる」ことを使命としている。総連の強調する「自主統一」とは「金日成王朝下統一」にほかならない。総連の許宗萬議長は、2018年5月の総連第24回全体大会(4年に1回開催)でも、「金正恩様を全同胞(民族)の希望の中心」として「天地の果てまで戴き仕え」「敬愛する元帥様(金正恩)だけを信じて従う」ことを呼びかけている。
ちなみに、北韓において憲法よりも上位にある「朝鮮労働党規約」はその「序文」で「当面の目的は共和国北半部で社会主義強盛大国を建設し、全国的な範囲で民族解放、民主主義革命を遂行するところにあり、最終的には全社会を主体思想(金日成・金正日主義)化するところにある」と明記。「南朝鮮で米帝の侵略武力を追い出し、あらゆる外部勢力の支配と干渉を終わらせ、(略)わが民族同士で力を合わせ、自主、平和統一、民族大団結の原則で祖国を統一し、国と民族の統一的発展を成し遂げるために闘争する」と、「南朝鮮解放=吸収統一」すなわち「金日成王朝下統一」の推進・実現をうたっている。
総連の推進している「金日成民族教育」を「在日同胞の望んでいる真の民族教育」であり、「南北の架け橋となり統一推進にも寄与しうる」「真の統一教育」などと、本当に信じて称賛しているのだろうか。そうであれば、その理由・根拠をぜひ聞きたい。そもそも、きたるべき「南北統一国家」の姿をどのように描いているのか、知りたい。
なお、「朝鮮新報」2月28日付日本語面トップ「朝鮮学校は日本の宝」によると、2月20日に群馬朝鮮初中級学校で行われた第21回日朝教育シンポジウムで藤野正和・日本朝鮮学術教育交流協会会長は、全体会あいさつで「日本に朝鮮学校が存在することは日本の宝。そのことをもっと広範な日本の人たちに訴えていかなければならない」と呼びかけた。そして田中宏・一橋大学名誉教授は「民族教育を考える―朝鮮学校は在日の宝、日本の宝―」をテーマに講演した。同シンポは日本教職員組合、在日本朝鮮人教職員同盟、日本朝鮮学術教育交流協会、現地実行委員会が共催した。
朴容正(元民団新聞編集委員)