2014年にユネスコ世界無形文化遺産に登録された農楽は、韓国に古くから伝わる伝統打楽器を用い、大人数で演奏しながら様々なパフォーマンスを行う韓国では最も大衆的な伝統芸能だと言っても過言ではない。農楽は文字通り、農家、農民、農村の音楽という意味で、農村地方で古くから継承され、村の共同体の和合と住民の安寧の祈願に向け、伝統打楽器等を合奏のみならず演劇等も繰り広げる総合芸術とも言える。農楽の起源や種類などを紹介する。
起源には諸説
農楽は、村の神や農村の神に向けた祭事や厄を払い福を呼ぶ祈り、春の豊作祈願と秋の豊作祭り等で演奏され、韓国人の生活に密着した共同体としての和合と団結の役割も果たしてきている。
その起源には様々な説があり、推測するのも容易ではない。有力な説として挙げられるのが、戦争説と仏教説だ。戦争説は戦士の士気を鼓舞するために、戦の先頭に立って演奏されたと言うもの。農楽演奏の冒頭では、ナバルという長いラッパのような楽器を吹き農楽隊の士気を高める。まるで日本の戦国時代のホラ貝から攻撃を始める部分とそっくりだ。
また、農楽で頭に白い紐をつけて回すヨルトゥバル(歩幅の12倍の長さの紐)は、先に刃物をつけて回しながら敵を殺したとも言われている。さらに五方陣(オバンジン)という東西南北と中央の五方向の陣地を渦巻いてはほどく踊りがあり、これらを根拠に、戦争が起源であるという説だ。
一方の仏教説は、朝鮮王朝時代、儒教を国教と定めたことから、迫害を受け山に追いやられた仏僧たちが、布教活動を行うため山から下りて演奏したことが発祥であるとされている。
現在のような農楽の形態になったのは、推測すると朝鮮王朝時代後期に田植えが広く普及されて、農業生産力が増大されていった時期と見るのが妥当だ。
大規模な集団労働が行われる中、そのきつい農作業をいやすために農楽が行われ、それが労働現場だけではなく、様々な儀式等にもあまねく使われ始めて現在のように発展したと言える。
農楽という名称は、韓国の芸能を漢字で整理するときに出る語彙と推測できる。国楽は、正楽と俗楽に分けられるが、俗楽中でも〝農村の音楽〟という意味で農楽と使われるようになったと言える。
しかし、農楽という言葉が文献上初めて記録されたのは、1936年、朝鮮総督府で発行された「部落祭」という本であったことから、農楽という言葉自体、日帝植民地時代に作られた言葉であるのは間違いないとされている。それまでは、「メグ」「プンジャン」「トゥレ」「コルリプ」「クッ」等、各農村によって様々な呼び方をしており、最近でも農楽の名称を嫌い、プンムル(風物)と呼ぶ人も多く存在する。
リズムに地方の個性
農楽の衣装は、地方によって差異はあるが、主に白い民服に黒いトゴリ(上着)をまとい、赤、青、黄色の帯をつける。この5色は、陰陽学による四神と色の組み合わせで、青は東の清龍、赤は南の朱雀、白は西の白虎、黒は北の玄武、そして黄は中央の皇帝を意味し、この世は、地(黄)、水(黒)、火(赤)、風(白)、空(青)の5大要素で成り立つものとされる。
韓国には数えきれないほどの農楽が各地方に存在しているが、一般的に京畿道、忠清道を中心としたウッタリ(中部)農楽、慶尚道の嶺南農楽、全羅道の湖南農楽の3種類に大別することが多く、また、全羅道の湖南農楽は、山間部を左道農楽、平野部を右道農楽とさらに細別される。
韓国全土にある農楽は、各地域の個性がカラッ(リズム)に反映されているのが特色。例えば、韓国では慶尚道地方の男性は男らしいと言われているが、そこに伝わる嶺南農楽は、大変男らしい力強いリズムを奏でる。
一方の全羅道左道農楽は、山間部の地形が多いことから、同じリズムを続けて叩きながら山を越すという特徴があり、反対に平野部が多い全羅道右道農楽は、様々なマスゲームをスピード感たっぷりに繰り広げる。
農楽隊は、地方により若干の差異があるものの、先頭に「農者天下の大本」と書かれた農旗と、「令」と書かれた令旗の後ろに編成され、その周りにはムドン(舞童)や大砲手、両班等がリズムに合わせて踊りながら行進する。
農楽で使用される楽器も各地方によって若干の違いがあるものの、真鍮を平たくしたケンガリとチン、木をくり抜き両側面に動物の皮を張ったチャンゴ、プク、ソゴ(小鼓)は殆ど各地方共通で使用されている。また、チャルメラによく似た太平簫(テピョンソ)は、打楽器のリズムに合わせ様々なリズムを奏でる。
観光客向け公演や大きな競演大会も
現在はあまり農村部で農楽を目にすることは難しいが、イベントや公演形態では定期的に見ることができる。龍仁市にある民俗村(毎日公演)やソウル市の蚕室にあるソウルノリマダン(スケジュールによる)、さらに、観光客向けにはソウル市の貞洞劇場やコリアハウスで伝統文化のオムニバス版で見ることができる。 また、最近では、本来、農楽があまり盛んではなかった地域においても、観光客誘致を目的に自治体が農楽団を結成する動きも見られる。
一方、大がかりな農楽競演大会は、京畿道安城市の男寺党バウドギ祭り(毎年9月頃)や、同じく京畿道光明市の光明農楽祭等があり、また、全羅北道全州市では、毎年6月に開催される韓国国楽の登竜門である国楽大会「全州大私習ノリ」において、農楽部門の最優秀チームが決定される。
サムルノリは農楽を現代化
最後に、蛇足ではあるが、最近韓国では、農楽を「サムルノリ」と呼称する人もいる。サムルノリ(四物遊戯)とは1978年に結成された金徳洙をリーダーとした4人組のグループ名で、農楽で使う4種類の打楽器、ケンガリ、チン、プク、チャンゴを座って叩くパーカッショングループのことだ。
もちろんそのカラッ(リズム)は、農楽のカラッをベースにしているが、複雑な農楽のリズムを現代風にアレンジし、組曲として舞台芸術用に作られたものだ。このグループがあまりにも人気があったため、グループ名がいつのまにか、伝統打楽器を叩く集団をサムルノリと呼ぶようになり一般名詞化されたようである。
農楽の種類
農楽は、その目的、契機、方法によって多数の種類に分類されるが、ここではいくつかの例を挙げて簡単に説明する。
①堂山(タンサン)クッ
堂山クッの堂山は、村の守り神(大木が多い)のことを言う。農旗や令旗等の旗が演奏する農楽隊の先頭に立ち、村の人たちが後についていく。農楽隊が堂山に到着すると堂山の周りを囲んで回ったり、一列に整列し堂山クッを叩く。堂山クッを叩きながら、チョルカラッ(礼をするリズム)に合わせてチョル(礼)をする。
②マダンバルキ(広場踏み)
村の守護神である堂に仕えながら、村の災いを退け、福を呼ぶこむチプトリ(家払い)儀式をマダンバルキと言い、地神バルキ、踏庭クッ等とも言う。
③コルリプ(乞粒)クッ
村々を回り、家ごとにコサ(告祀/お祓い)を行いながら、お金と米をもらう農楽をコルリプクッと言う。コルリプクッは職業的に雇用された演奏者で組織されたコルリプ隊がする場合が多い。
④トゥレクッ
農作業の前後や、辛い農作業時、農作業の息抜き等に演奏するのがトゥレクッである。特にその年の農作業が終わる最後の雑草を抜く日をホミシッ(鍬洗い)と言い、農楽隊が中心となり大きな祝祭を開く。
⑤パンクッ
広場で村民たちに農楽を披露するのがパンクッで、堂山ノリ、マダンバルキ、トゥレクッ等、全ての農楽を披露し、最後に個人ノリ(遊び)をするのが特徴だ。重要無形文化財第11号の農楽の公演もパンクッで、イベントや公演で最近見られるのもパンクッである。
韓国旅行で楽しめます
韓国では農楽に触れられる祭りや、伝統公演の中に登場する農楽もある。秋の韓国旅行では、本場の農楽を堪能してはいかがだろうか。
◆安城男寺党バウドギ祭り(京畿道安城市)
朝鮮時代男寺党の発祥地。同祭りは男寺党伝統文化のバウドギの芸術精神を継承、発展させる目的で2001年から始まった。
06年以来、ユネスコ公式諮問協力機構のCIOFFの公式祭りに指定され、最も韓国的でありながらも、世界的な祭りとして外国人観光客にも人気。10月2日~6日。ホームページ(
http://www.baudeogi.com)。(常設公演もあり)
◆土曜常設伝統民俗ノリマダン(釜山・龍頭山公園)
韓国政府と釜山市から無形文化財に指定された公演を中心に、農楽や伝統舞踊、伝統楽器の演奏を披露している。
10月26日までの土曜日(7月13日から8月24日の猛暑期は除く)。
◆2019貞洞劇場伝統常設公演「宮‥張緑水ストーリー」(ソウル・中区)
同劇場は、韓国政府機関傘下として、韓国伝統芸術制作劇場として公演を開催。現在公演中の「宮‥張緑水ストーリー」は、妓生から王の側室の座に就き、権力をほしいままにする張緑水の物語。張緑水が踊る華麗な舞いと共に、能楽などの伝統芸能も披露される。
「宮‥張緑水ストーリー」は12月28日まで。公演日程は火~土曜日16時開演(日・月曜日休演)。VIP席6万㌆、R席5万㌆、S席4万㌆。同劇場ではチャンゴ体験も実施している。火曜から土曜日開催。15~15時30分。参加費1万5000㌆。
貞洞劇場の問い合わせは(82・2・751・1500)日本語可、ホームページ(
http://www.jeongdong.or.kr)。
韓国民俗村(京畿道龍仁市)でも伝統芸能を見ることができる。
(2019.08.15 民団新聞)