掲載日 : [2020-04-03] 照会数 : 11688
文在寅大統領が4・3追悼式出席…4・3特別法改正求める
文在寅大統領は4月3日、済州道民が軍や武装勢力に虐殺された「四・三事件」から丸72年を迎え、済州四・三平和公園で開催された追悼式に出席した。文大統領が同式典に参列するのは2018年以来で、現職大統領が在任中に2回出席するのは初めて。
青瓦台は「四・三(事件)の価値である和解と共生、平和と人権を未来の世代に伝承したいという趣旨」として、「犠牲者と遺族の名誉を回復し、人権向上と国民統合を図るという意志の表れ」と説明した。
追悼辞で「不当に犠牲になった国民に対する救済は国家の存在理由を問う本質的な問題」だとし、国会に4・3特別法改正案の可決を要請した。
文在寅大統領の追念辞は以下の通り
4.3生存犠牲者と遺家族の皆さん、済州道民の皆さん。4.3は済州の深い悲しみです。済州だけの悲しみではなく、大韓民国の現代史の大きな悲しみです。
済州は解放を超えて真の独立を夢見て、分断を超えて平和と統一を熱望しました。済州道民はただ、民族の自尊心を守ろうとし、取り戻した国を完全に建てようと務めました。
しかし、誰よりも先に夢を見たという理由で、済州は凄惨な死と向き合い、統一政府の樹立という切実な要求は理念の罠として戻り、私たちを分裂させました。
我々が今も平和と統一を夢見て、和解・統合しようとするならば、我々は済州の悲しみを共にしなくてはなりません。
済州4.3という原点に戻り、その日、その虐殺の現場で何が捏造され、何が我々に縛り付け、また何が済州を死に至らしめたのか、一つ一つ究明しなければなりません。
そうして我々の現代史を再開したとき、済州の痛みは本当に癒され、去る72年、我々を苦しめてきた反目と葛藤から自由になれます。
平和のために椿の花のように倒れていった済州が平和を完成する済州として復活することを望みます。
犠牲者が残した人権と和解、統合の価値を胸に深く刻み込みます。
国家暴力と理念の犠牲になった4.3英霊の冥福を祈り、苦痛の歳月を耐え抜いて今日の済州を築き上げた遺家族と済州道民たちに感謝と尊敬の心を捧げます。
国民の皆さん、済州島民の皆さん。
私たちは「新型コロナウイルス」を克服すべき、非常にに厳しく、大変な時期に再び4.3を迎えました。
「連帯と協力」の力を切実に感じ、その力が我々をどれほど強くしているのかを確認しています。
4.3は歪曲されそっぽを向かれながらも、絶えず和解と治癒の道を開きました。
2013年、4.3犠牲者遺族会と済州警友会が、和解を宣言し、毎年、忠魂墓地と4.3公園を行き来しながら、共に参拝行事を行っています。
昨年には軍と警察が4.3英霊の前に立ちました。
罪も亡く犠牲になった済州道民と遺家族に公式に謝罪を行い、4.3の名誉回復と傷を共に癒すことを約束しました。
遺家族と済州島民たちも和解と相生の手を結んでくれました。
和解と共生の精神は「新型コロナウイルス」の中でも道民たちの心を一つにまとめています。
済州は「私たちの町を私たちが守る」という運動を行い、43の邑・面・洞、60の団体が2万7千余カ所にのぼる多目的施設で防疫活動を展開しています。
セマウル婦女会とボランティアセンターはマスクを作って隣人と地域社会に配り、正しく生きる運動協議会と道連合青年会は携帯用の手消毒剤を直接製造して道民に配りました。道民たちは地域をこえて全国の痛みを分かち合っています。
大邱・慶尚北道地域にマスクをはじめとする物品と義援金を伝達し、済州道民の自律防疫活動は、ソウル、京畿、仁川、羅州、釜山、蔚山など、他の自治体が見習うほど民官協力の模範となっています。
困難な時期、連帯と協力の力を先頭に立ってくれた済州道民の皆さんに深く感謝します。
4.3の解決は決して、政治と理念の問題ではありません。隣人の苦痛に共感し、人を尊重する常識的で人間的な態度の問題です。国際的に確立された普遍的な基準に基づいて生命と人権を蹂躙した誤った過去を清算し、治癒していく「正義と和解」の道です。
私は大統領として済州4.3が和解と共生、平和と人権という人類普遍の価値として満開するよう最善を尽くすことを約束します。
国民の皆さん、済州道民の皆さん。
真実は許しと和解の土台です。真実は理念の敵対が生んだ傷を癒やす力です。
今年3月、「済州4.3事件真相調査報告書」が発刊されてから16年ぶりに「追加真相報告書」第1巻が出ました。
集団虐殺事件、受刑者の行方不明と予備検束、犠牲者の遺骨発掘の結果を記録し、被害の状況も村ごとに整理しました。
教育界と学生たちの被害を明らかにし、軍人・警察・右翼団体の被害も正確に調査しました。
真相究明に努めてくれた済州4.3平和財団と関係者の労苦に感謝します。
今年施行される高等学校の韓国史の教科書では4.3に対する記述がより増えて詳細になりました。
4.3が「国家公権力による民間人の犠牲」であることを明示し、鎮圧過程で国家の暴力的な手段が動員されたことを記述しています。
真相究明のための済州道民たちの努力と共に、和解と相生の精神まで含んでおり、大変意義深いことです。
済州はもう寂しくありません。
4.3の真実と悲しみ、和解と共生の努力は、新しい世代に伝えられ、忘れないでしょう。4.3はより良い世界を目指す未来世代に人権と生命、平和と統合の羅針盤となることでしょう。
真実の土台の上で4.3被害者と遺族の痛みを慰め、人生と名誉を回復させることは国家の責務です。
真実は正義に出会ってこそはじめて、和解と共生につながります。真実を歴史的な正義だけでなく法的な正義でも実現すべき事こそ、国家が必ず行うべき仕事です。
不当に犠牲となった国民に対する救済は国家の存在理由を問う本質的な問題です。
4.3の完全な解決の基盤となる賠償と補償問題を含む「4.3特別法改定」が依然として国会に留まっています。
済州4.3は個別の訴訟で一部賠償を受けたり、政府から医療支援金と生活支援金の支給にとどまっており、法による賠償・補償は依然として行われていません。
鈍い足取りに大統領として本当に心が重いです。
しかし4.3は法的な正義に向けても一歩ずつ前進しています。
昨年は18人の4.3生存受刑者が4.3軍事裁判の不当性を主張して起こした再審裁判と刑事補償裁判ですべて勝訴し、済州地方裁判所201号法廷で「私たちはついに罪の無い人だ」という歓声が上がりました。
この席に出席した秋美愛法務部長官が国会議員時代、国家記録院で発掘した受刑者名簿が4.3受刑者の無罪を語ってくれました。
この1年間、その方たちの中で玄昌勇、金京仁、金淳和、宋錫鎮のご年配がお亡くなりになりましたが、国家はいまだに重要な生存犠牲者と遺族に対し、国家の道理と責任を果たせずにいます。
生存犠牲者はもちろん、第1世代の遺族も70歳を超えています。当時の状況を覚えている目撃者も高齢の状況で、これ以上遅れる時間はありません。
マーチン・ルーサー・キング牧師は「あまりに遅れた正義は、拒否された正義だ」と言いました。
解放から分断と戦争へとつながる過程で、私たちが解決し、克服すべき数多くの辛い過去があったため、困難がありますが、被害者と遺家族が生存しているときに基本的な正義としての実質的な賠償と補償が実現するよう努力し続けていきます。
政界と国会にも「4.3特別法改定」に対する特別な関心と支援を求めます。
立法のための努力と共に、政府ができることは迅速に行っていきます。
政府は2018年、この間、中断してきた4.3犠牲者と遺族の追加申告事業を再開しました。
「済州4.3事件真相究明及び犠牲者名誉回復委員会」は「第6次申告期間」の間に追加で申告された犠牲者と遺族に対する審議を経て、犠牲者90人、遺族7606人を新たに認定しました。
特に、父親の犠牲場面を目撃した後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんできた宋ジョンスンさんを4.3犠牲者中、初の心的外傷後ストレス障害による犠牲者と認めたのは、とても意義深いことです。
今後、一人の犠牲者も申告漏れのないように追加申告の機会を提供し、犠牲者の遺体を遺族の元に戻すための遺体発掘と遺伝子鑑識に対する支援も続けていきます。
今年4月から生存犠牲者と遺族の傷と痛みを治癒するための「4.3トラウマセンター」が試験運営されます。
済州道民たちの心のしこりとくびきを払拭できるよう、積極的に支援します。
関連法が立法されれば国立トラウマセンターに昇格できるよう準備していきます。
4.3生存犠牲者と遺家族の皆さん、国民の皆さん。
4.3は過去でありながら、私たちの未来です。
民族の和解と平和のための努力は4.3のその日から始まりました。
過去に済州が夢見た夢が今、私たちの夢なのです。
椿の花が散るように悲しみは続いてきましたが悲しみに耐えたからこそ今日があります。
まだ、悲しみを忘れようとは言いません。悲しみの中で済州が夢見た明日を共に開こうと申し上げます。
政府は済州道民と遺家族、国民と共に和解と共生、平和と人権に向けて一歩一歩進んでいきます。
4.3から始まった真実と正義、和解の物語は私たちの後世に悲しみの中で希望をすくい上げた感動の歴史として残ることでしょう。
ありがとうございました。