
在日韓人歴史資料館第139回土曜セミナー「日本政府はこの遺骨を見捨てるのか」が3月14日、東京・南麻布の韓国中央会館で行われ、約80人が参加した。井上洋子・長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会代表は、今年2月7日に台湾ダイバー・ウェイスーさんが潜水中に不慮の事故で亡くなった後、3月6日の本葬儀に参列、その直後の講演となった。
長生炭鉱は山口県宇部市にある。1942年2月3日、海底下のごく浅い坑道で採炭をしていた時に水非常(水没事故)が発生し、183名の炭鉱労働者が逃げ場を失い海水にのまれた。犠牲者の7割強の136名は朝鮮半島の人々だった。
井上代表は「人命より石炭の採掘を優先したために起きた事故だった。宇部市史(1993年)に「坑道が浅く、その当時『朝鮮炭鉱』と蔑称されたほど…強制連行され続けていた」と記載があるほど、強制連行・強制労働の象徴だった」と述べ、「犠牲者の氏名、年齢、住所が判明(大日本産業報国会・殉職産業人名簿)しており、多数の遺族が遺骨の収容・返還を待っている」と述べた。
井上代表は「91年3月18日に同会が発足後、①ピーヤ(海面に突き出た排気・排水筒の保存)②証言を含む資料の収集③日本人としての謝罪と反省を含む犠牲者全員の氏名を刻んだ碑の建立の3つを目標に掲げ、13年に念願の追悼碑を建立したが、その直後に韓国遺族会から遺骨収容・返還を求められ、それを目標に14年に再出発した」として、「18年から日本政府と交渉を始めたが、進展が見られないため、①韓国政府への働きかけ②全国会議員への働きかけ③全国の市民運動への働きかけを基軸に展開した。19年2月には文在寅大統領(当時)に書簡を送った」と、これまでの経過を説明した。
井上代表は「24年2月3日の83周年追悼式で埋められた坑口を市民の力で開けると宣言、市民のクラウドファンディング協力で800万円の寄付が集まり、行動を開始した」と述べ、「坑口付近の土地が宇部市に帰属する土地で、工事を請け負う業者も確保、洞窟探検家の伊佐治さんから潜水調査の申し出があったことなどで、同年9月25日、ついに小さな坑口を開けることが出来た。その後、坑口からの潜水を試みたが崩落地点もあり、沖のピーヤからの潜水に再変更し、韓国人ダイバー2名の協力も得て第7回目となる25年8月25~26日に遺骨の発見収容が実現した。他にも多数の遺体の存在も確認した」と振り返った。
井上代表は「今年2月6日に遺骨2体目を収容した。(今年1月13日、日韓政府首脳によるDNA共同鑑定の推進が発表されたことを受け)2体の速やかなDNA鑑定を要求していく」とともに、「翌7日、台湾ダイバー・ウェイスーさんの不慮の死が発生した。(死を厳粛に受け止め)市民レベルでの潜水による遺骨収容はいったん中止し、現在は海上保安庁の事故調査報告を待っている。この事故をどう乗り越えて、今後の運動を進めていくかが問われている」と強調した。
井上代表は「日本政府は台湾ダイバーの遺志を受け継ぎ、政府の責任で遺骨と向き合い収容に全力を尽くしてほしい。収容された遺骨は植民地支配を問う歴史の生き証人、遺骨収容・返還は同時に日本の加害の歴史と向き合う道程だ。遺骨収容・返還を日韓政府の共同事業として取り組んでほしい」と強調し、最後に「在日コリアンの存在が『歴史的正義』であることを長生炭鉱の遺骨が証明している。ヘイトする側ではなく在日コリアンの側に寄り添う日本人を一人でも多く増やしたい」と強調した。
講演後の質疑応答では、井上代表が運動に関わるようになった契機について聞かれ、「学生時代に『朝鮮人強制連行の記録』(朴慶植著、未來社)を読んで、自分が生まれ育った長野の村にあるダムでも朝鮮人強制連行が行われ、遺骨が捨てられたままと知ってとてもショックを受けた。その後、山口に移り住むようになり、海底に捨てられたままの遺骨があることを知り、何かしなければと思ったのがきっかけ」と答えた。
今後の運動目標については、「私たちは遺骨収容に絞って活動している。遺骨収容は誰であれ否定出来ない問題だからだ。そして“海の墓標記念館”を山口に建てるという夢を持っている。将来的には加害の歴史を次世代にどう伝えるかが大切と考えている」と強調した。
最後に井上代表は、「韓国の人々の気持ちを受け止めて運動に取り組みたい。ある在日コリアンの人から『戦争の被害にあった人たちの尊厳を回復し、そして今を生きる私たちの希望になるような気持ちです。本当に夢のようです』と書かれた手紙を受け取った。私は、この言葉を支えに、これからもこのご遺骨に対し、誠意を尽くしていきたい」と締めくくった。
*井上洋子・長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会代表は1950年、長野県下伊那郡天龍村生まれ。団体職員の仕事をしながら、1991年に「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」の設立に加わり、2015年より共同代表、2025年「一般社団法人」化に伴い代表に就任。日本と韓国の市民主導で遺骨収集に取り組む。