来春開校の全寮制中高一貫民族学校「青丘学院つくば」
日本の百名山の一つ、筑波山を間近に望む風光明媚な茨城県石岡市八郷の地に来年4月、新しいスタイルの民族学校が開校する。学校教育法の「一条校」資格を有する原則全寮制の中高一貫校「青丘学院つくば」(仮称)だ。目指すは韓民族としての主体性を身につけた国際人の育成である。創立主体は、茨城県で医療法人と社会福祉法人を経営する医師・金正出さんが理事長(予定)を務める「学校法人 青丘」(仮称)。在日同胞の次世代育成に新たな地平を開こうとする20年来の夢がいよいよ実現する。
(文中、「仮称」「予定」とあるのは、学校法人の本認可が9月以降になるため)
勝ち抜け世界化時代…在日の夢かける学び舎
「英語・韓国語・日本語の3カ国語に精通するとともに豊かな人間性を持ち、21世紀に活躍できる国際人を育成する」−−「青丘学院つくば 中学校・高等学校」の建学理念である。金正出理事長は設立準備に奔走しながら、こう語ってきた。
■画期的改革こそ
「グローバリゼーションが急速に進む世界は、政治・経済・文化など各分野で国境という垣根を年々低くしてきました。今後とも規制緩和や自由化が進むでしょう。教育分野においても、国際化時代に対応する人材の育成に向け、画期的な改革が求められています」
これまで当たり前に思われてきた学校教育がすでに、厳しい試練にさらされており、その試練が在日同胞子弟にこそ重くのしかかっているとの危機意識から出た言葉だ。
韓国ではグローバリゼーション(世界化)を国際社会が舞台の「無限競争」と受けとめ、英語を母語とする国々へ幼少期から留学させるケースが珍しくない。中国も欧米圏への留学熱は凄まじく、日本でも小学校低学年からの英語学習が広がり、英語を公用語とする企業も増えた。
世界化は、多文化が共生しチャンスを広げる幸福と希望の新時代を必ずしも意味しない。むしろ、熾烈な競争を、しかも幼少期からの競争を強いる。いっそう深刻なのは、親の所得格差が子の学力格差につながって久しく、その競争への参入「資格」が初めから限られてしまう現実の重さである。
経済を中心とするグローバリゼーションは先進諸国にまで貧富の格差を拡大させ、中間層の没落を招いた。科学技術の複雑化は世代間の葛藤を生み、価値観の多様化は家庭や地域社会など共同体意識を希薄にしてきた。各国の若い世代にはびこる疎外感や不遇感、それから派生する偏狭なナショナリズムの台頭は、先行きを見通せない時代感覚の落とし子と言われる。
光と影を合わせ持つ世界化時代を生き抜くには、「自分は何者か。そして、何をしたいのか」‐自己意識と目的意識が必携の武器となる。それだけに、在日同胞子弟が社会のどういう価値を大事にしたいのか、将来どうありたいのかの自画像を描く以前に、自身のアイデンティティを自覚していないか、未成熟なまま揺さぶられているようでは致命的な弱点になりかねない。
■自己実現に励め
在日同胞の中高生が自己意識を磨き、目的意識を確立すると同時に、一流・難関大学に進学する学力をつけ、国際的な競争に挑む実力を培う基盤となる‐「青丘学院つくば」の教育理念は、将来を見据えて限界を打破しようとするところから生まれた。
「日本で生まれた同胞たちは皆がみな、『自分は何者なのか』などと自身のアイデンティティに悩みながら成長します。2世の私はもちろん、自分の子どもたちも同じ痛みを経験しました。これはほとんどの面で負荷になります。後世には、自分のような苦しみを味わうことなく、自己実現にまっすぐ励んで欲しいのです」
「日本に生きながらもわが民族の魂を継承し、言葉と歴史、文化を大切にする。そうでありながらも、高い水準の知識と技術を錬磨することができる。そうした学び場から、世界のどこででも気後れすることなく活躍できる人材を輩出できれば、どれほど素晴らしいでしょうか」
「日本で堂々と生きるために、徹底した民族精神と優れた実力を身につける」。青森県生まれの金理事長がこう誓ったのは18歳の時だった。以来、本名で一貫し、本分の学業のかたわら民族文化とウリマルを懸命に学んできた。今現在も、家庭はもちろん、病院内でも同胞スタッフとはウリマルで通す。
「20数年前から民族学校の設立を夢見てきました。いやむしろ、自分の宿命だと考えてきたというのが正しいでしょうね。でも、幻を手探りでつかもうとするようなものでした。『何とかなる』と思い、本気で動き始めたのは10年前からです」
私学創立には理念と資力がともなわねばならない。理念の原点は18歳の時点で芽生えたと言っていい。問題の資力は、事業が軌道に乗ることでめどがついた。
■福祉事業も展開
金理事長が茨城県の美野里町(小川町、玉里村と合併して現在は小美玉市)に美野里病院を開業したのは82年12月、36歳の時だった。以来30年余。時流に乗って、病院にとどまらず福祉介護施設や保育園を手広く経営するまでになった。
「富める人、貧しき人、全ての人々に、医療福祉を」。これは病院を開業するとき、金院長が自ら書いた社訓だ。実際、経済的に余裕がない人も負担を感じることなく、高い水準の医療を受けられるよう努めてきた。保守色が濃いとされる土地柄にもかかわらず、地域になくてはならない存在になったのも当然だろう。
しかし、金さんは自意識を抑えることで地域に溶け込んだのではない。84年のことだった。外国人に会員権を譲渡しないゴルフ場の慣行は不当な国籍差別だとして、是正を要求する訴訟を起こしたことがある。
2年近く続いた裁判の間、周囲は厚い壁に立ち向かうのは無謀だと懸念し、「時期尚早だ」「裁判を取り下げろ」などと忠告した。それでも、「2世の自分が差別を放置すれば3・4世へと続いてしまう」と一歩も引かなかった。金さんを支援する世論の圧力まで受けたゴルフ場側は、譲渡を認定した。事実上の勝利だった。
■「青丘」への思い
金さんは、自身が理事長を務める社会福祉法人や特別養護老人ホームにも「青丘」の名を冠してきた。学校法人の名称もこれを踏襲した。これは、韓国がかつて青丘(青邱)と呼ばれたことに由来する。民族思いは筋金入りなのだ。だからこそ、「キム院長」として一目置かれ、親しまれてきたに違いない。
「青丘学院」は経営陣、教師陣とも韓日混交になる予定だ。生徒も韓国籍と日本籍、民団と総連を問わない。しかし、太極旗を掲げ、愛国歌を斉唱する。金理事長自らが作詞した校歌も、民族への思いで貫かれている。
「学校創設は自分の人生で最後の挑戦ですが、これまでで最もときめきがあります。私財を含む私の持てる全てを注いで、必ず成功させるつもりです」
「日帝による強占期、独立闘士たちは苦難の中でもまず初めに学校をつくりました。次につくったのが病院でした。私は最初に病院をつくったので、今度は学校をつくる番だという思いもある。独立運動が国を取り戻す闘いであったとすれば、これからは、民族の魂を持つグローバルな人材を世に出す闘いが必要です。それは必ず、在日同胞を含む民族と国の力を強くするからです」
韓国人としての主体性と豊かな情操を育むために、韓国史と在日同胞史の課目を設け、論語を授業に取り入れるほか、古典芸能や遊戯、歌曲や映画などを定期的に鑑賞し、著名な芸術家の指導も受ける予定だ。民族の美風良俗と先人の高貴な遺志を継承するとともに、父母を敬い兄弟仲良くする心、「一人は皆のために、皆は一人のために」の相互扶助精神の涵養に力点を置くつもりだ。
■心落ち着く環境
金理事長は全国を巡って全寮制の私学などを視察してきた。うらやましくなるほどの施設、ほれぼれするような教師を目の当たりにもした。だが、「気後れすることはありません。むしろ、いい目標ができ、負けん気がふくらみました」と語る。
09年に廃校となった旧県立八郷高校の校地(施設含む)を買収したのが11年12月。校舎の保存状態は良好で、現在、校舎の一部改修と寮や食堂などの新築が順調に進んでいる。完成すれば民族学校で最高の施設を誇ることになる。
「いくつもの候補地を調査しましたが、ここが最高でした。一番心が落ち着くんです。自然環境も秀麗ですし、敷地も広い。日本有数の果実の産地で、夏は涼しく冬は温暖なほうです。心身修練をしながら、学業に精進するには持ってこいの場所です。名山の筑波を間近に望めますし、名は体を表すと言いますが、『青丘』と日本の代表的な学園都市である『つくば』の名を合わせるにふさわしい立地だと胸を張れます」
■挑戦校の勢いで
民族学校設立の助走事業として金理事長は、数年前から水戸、筑波、上野の3カ所で「カナタ韓国語学院」を運営してきた。その過程で改めて、「わが子を民族的な心棒を持った国際人にしたい。そのための教育を渇望している在日が多いことを肌で感じた」という。
「これから中高生になる在日子弟は、祖父母はもとより父母世代の生き方をそのままなぞるわけにはいきません。教育の神髄は、限界と思い込まされている壁のようなものを突き破るところにあると思います。『青丘』には未知の不安があるでしょう。その半面、実験校、挑戦校としての勢いがあります。自己意識など在日子弟が背負う重い荷物を、必ずや突破力に転化させるつもりです」
「青丘学院つくば」の入学金・授業料は、全寮制の他校に比べて低い水準に抑えられている。それでも金理事長は、「学費がネックになることは極力避けたい」と語り、意欲のある優秀な生徒に入学金と授業料を免除する方針だ。
■□
向学心支える体制
個に応じた指導・教育を徹底
教育概要
理念=英語・韓国語・日本語のトリリンガル教育を徹底し、世界に羽ばたく有能な人材、日本と韓国の懸け橋となる人材を育てる。
目標=日本・韓国・海外の一流大学、難関大学進学の夢を実現する。礼儀正しく、高い道徳心と克己心を培う。
方針・特色=「体内時計の仕組み」を活用し、規則正しい生活・学習習慣を日々の体験を通して身につけさせ、学習効率を飛躍的に高める。平日7時間、土曜日4時間の週39時間、夏期補習で授業時間を十分に確保するほか、早朝1時間程度、夜間2時間程度の補習授業を毎日実施する。
難関大学(医歯薬)進学コース・国際コースを設け、一人ひとりの夢に即した進路実現を目指し、個に応じた学習指導を行う。日本・韓国・米国その他海外の国公立・私立大学を進学対象とする。
「評価の即時性効果」を活かし、ショートテストを頻繁に行い、分からないところはその日のうちに解決する習慣をつけ、学力・知識の定着を図る。
トリリンガルを生活化し、国際社会を生きるコミュニケーション能力をみがく。道徳・論語・総合の時間を通して、ハート(優しい心)とマインド(「やるぞ」という心)を培い、思いやりと高いモチベーションを持って生きる姿勢を確立する。
これらを寄宿舎での集団生活を通し、仲間意識を育みながら追求する。同時に、中高一貫体制を最大限に活用し、教育6カ年計画を次のように実践する。
▽1〜2年次=基本的な学習習慣を確立▽3〜4年次=自己の個性・適性を教師とともに分析・把握し、文系・理系を選択▽5〜6年次=現役合格を目標に、5年次までに大学受験に必要な学力を習得し、志望大学を決定。6年目は実力養成に徹する。
クラブ活動は、運動系のサッカー、バドミントン、卓球、テニス、バスケットボールなど、文化系の民族舞踊、軽音楽、美術などを設け、他にも生徒の要望を踏まえて創部する。
設置概要
設立主体=学校法人・青丘(仮称)。校名=青丘学院つくば中学校・高等学校(茨城県知事設置計画承認済)。所在地=茨城県石岡市柿岡字寺田1604番地‐1。校地面積=52324平方㍍。形態=学校教育法第1条に基づく中学校・高等学校。施設概要▽普通教室棟(校長室・応接室・職員室・事務室・会議室・放送室・保健室・生徒会室・普通教室)▽多目的室棟(講義室・普通教室)▽特別教室棟(図書室・情報教育室・音楽室・調理室・美術室・裁縫室・書道室・物理実験室・化学実験室・生物室・技術教育室)▽野球場▽陸上競技場▽体育館▽格技室▽部室▽男子寮(青雲堂)▽女子寮(師任堂)▽食堂
(2013.7.31 民団新聞)