掲載日 : [21-02-25] 照会数 : 6057
主権免除について…「絶対」から「制限免除」へ
Q
韓国の裁判所の判決で問題になっている主権免除とはなんですか。
A
たとえば、あなたがA社の役員や社員から被害を受けたとき、役員や社員個人の責任とは別に、A社も組織として責任を負います。あなたはA社を裁判所に訴えることができます。あなたが、B国の国家機関のメンバー(たとえばB国の外交官)から被害を受けたとき、その外交官個人とは別に、B国も組織として責任を負います。
被害がB国の国内で発生しているなら、あなたはB国の裁判所に被告をB国として裁判を起こすことができるでしょう。
日本の裁判所でも、日本国を被告とする裁判は普通によくみかける裁判です。しかし、B国の外交官がたとえばC国の国内で交通事故を起こし、あなたに被害を与えた場合、あなたはB国を被告にしてC国の裁判所に裁判を起こすことができるでしょうか?
おそらく、C国の裁判所が裁判を拒否すると考えられます。したがって、あなたの被害が救済されないことになります。これが主権免除(国家免除ともいう)の問題です。
◆主権平等の原則と主権免除の関係
なぜ、このことが問題になるかというと、主権平等の原則があるからです。地球上にある200カ国ほどの国家はすべて、それぞれ主権を有しているとされますが、その主権は平等だとされています。たとえば人口が10億人でも、1万人でも、国家は対等というルールが国際法にあるわけです。
その意味では、主権平等の原則は弱い国家を強い国家から守るルール、というところに眼目があるともいえます。
他方、裁判をする、というのは、判断を押しつけるわけですから、支配を及ぼすことです。つまり、C国の裁判所がB国を被告とする裁判を行うこと自体が主権平等原則からすると問題になるのです。(「対等なる者は対等なる者に対して支配権を持たず」)。
国家同士は対等である以上、「B国はC国の裁判権から免除される」(裁判の被告にならない)というわけです。
◆主権免除の歴史
主権免除のルールは19世紀初めに確立し(スクーナー船エクスチェンジ号事件、1812年)、そのときは絶対免除主義といわれます。他方、とくに第二次世界大戦後(1945年~)は、主権免除は制限免除主義に移行していった、といわれています。
絶対免除主義というのは国家が被告になることは(ごく例外的な場合を除いて)絶対にない、という主義、制限免除主義というのは国家が被告になることは原則としてないが、ただ、例外的に被告になることもあり、とする主義です。
日本も2009年に「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」という法律を作り、絶対免除主義から制限免除主義に移行しました。
この法律はどのような時に日本の裁判所が外国に対する裁判権を有するか、有さないかを定める法律です。そして、「商業的取引」については例外的に主権免除を認めないとしています。
主権免除を認めない場合を定めていることから制限免除主義ということになります。民事や商事に関わる物品をB国に売ったが、B国が代金を支払ってくれないときは日本の裁判所にB国を被告として裁判を起こすことができるわけです。
このほか、外交官が起こした交通事故のように、人の死亡や傷害を引き起こしたような場合などについても主権免除を認めないとしています。
◆重大な人権侵害
以上のとおり、「国際法上、主権国家は他国の裁判権には絶対に服さない」ということはできず、また、主権免除を認めないこと、つまり国家を被告にすることが、国際法上、到底考えられない異常な事態、などということはできません。
ただ、問題は商業的行為や人の死亡や傷害などについては、国家を被告とすることができるとしても、それ以外の場合、たとえば、重大な人権侵害を組織として引き起こした国家についても、被告とすることができるか、ということです。この点については従来、否定的(被告とすることができない)な慣行といえますが、近時、肯定する裁判例が出現するに至っていて(ギリシア2000年、イタリア2004年など)、論争になってきています。
殷勇基(東京弁護士会所属弁護士)