独善排し丁寧に議論重ねよう
昨年夏以降、領土・軍慰安婦・歴史(認識)問題などをめぐり韓日関係は冷え込んだまま、改善の兆しが見えない。2年後には韓日国交正常化50周年を迎える。未来志向のよりよい関係の再構築へ、双方になにが求められているのか。両国の政治家はもとよりメディアおよび知識人の役割(責任)にも大きなものがあるとされている。在日、滞日、在韓の同胞学者に、韓日関係修復への提言を寄稿してもらった。
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新たな「歴史和解」…横浜国大教授 柳赫秀
「感情と記憶」を尊重
歴史事実や資料だけでなく
日本が戦争に敗れ韓半島が解放されて68年が経ち、韓日国交正常化50周年が2年後に迫っているというのに、昨年夏以降冷え切った韓日関係は修復の兆しすら見えないままである。
両国の国民間で交流が深化する「存在の次元」の進展にもかかわらず、歴史認識や領土問題等をめぐる韓日の間の「認識の溝」は埋まりそうになく、いつの年よりもうっとうしい夏が続く。
どうしてここまでになってしまったか。
まず、冷戦後20年間に玄界灘を隔てての内外情勢の変化の中で著しく変貌を遂げていった自他に対する正しいイメージ構築ができず、対応がすれ違ってきたことである。
両国では既存の政治勢力に対抗する代替勢力(日本の急進保守、韓国の革新勢力)が登場し、「国のかたち」(司馬遼太郎)、あるいは、「国家戦略アイデンティティ」(朴熙)の(再)規定をめぐり激しい角逐が繰り広げられた。だが、両国の有識者やマスメディアは、国家アイデンティティの可変性や複眼性に目をつむり、代替勢力の台頭が既存のそれの全面否定や即時解体を意味するかのように、単純な見方で早計に寸断してきた。
その結果、あまりにも単純すぎた相互イメージと一元的なイメージ(日本の軍事大国化・右傾化や韓国の左傾化)がつくりあげられたのである。
もう一つの危機の根源として、韓国の対日政策の基調が政権が代わる度に変わったり、時には同じ政権の前半と後半で変わることで、日本側の不信を招いたことである。 慮武鉉大統領が2005年3・1節の記念式典演説で改めて日本の謝罪と賠償を求めた際に、日本側は政権基盤の不安定な大統領の国内向けの発言であるとしか受け止めず、産経新聞社説の「韓国は大統領が変わるたびに『謝れ』という。…韓国はいったい何回、謝れば気が済むのだろう」(同年3月3日)のくだりは、普通の日本国民の間に蔓延し出した「お詫び疲れ」の雰囲気を代弁していたと言ってもあながち間違いではない。
日本の指導者たちはというと、過去の反省に基づく和解の姿勢にもとる行動を繰り返しながら、「清算済み」の一本やりではなかったか。
筆者も1965年韓日条約で賠償問題は「解決済み」であることに異論を唱えるつもりはないが、果たしてそれと、従軍慰安婦問題に対して従来の「政府」間の次元を超えた「人権」という普遍的な視点に立った新たな形の「歴史和解」を試みることとは矛盾しないのではないか。
時々思うものだ。孫歌のいうように、歴史事実や資料ではなく、「感情と記憶」(『世界』00年4月)に基づいて最後の歴史和解が試みられるべきではないかと。
それにしても復古主義路線を志向する安倍首相が、参議院選挙で大勝を収め、「衆参ねじれ」解消に成功し安定的な政治基盤を与えられたことには憂えるものがある。
同じ「普通国家」を唱えた小沢一郎の「日本改造計画」(93年)には国際主義と「個人の自立」の観点が貫かれていた。安倍首相の執権までは、まだ戦後世代の「一人一人の生存が国際政治と直結しているという感覚」(苅部直)が残っていた。
ナショナリズムの再興を持って日本の過去の栄華を取り戻し、国家の教導によって国民としての徳性を涵養し、日本という国民共同体を強い国家に復活させることを目指す安倍首相の超保守色が封印を解かれ全開したらどうなるのか。韓日両国の良識ある市民たちの連帯ぶりが問われるところである。
果たして在日社会は、日本の変化に見合う認識と学習能力を備えて、韓日共闘を媒介し共助していけるだろうか。むしろ我々こそ依然として冷戦時代の認識枠組みの呪縛から自由になっていないのではないか。在日している一人として足元を見つめると何となく忸怩たるものがある。
プロフィール
ユ・ヒョクス 横浜国立大学大学院国際社会科学研究科教授。延世大学校法学科卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。専門は国際法・国際経済法。「韓国人研究者フォーラム」代表。在日33年。60歳。
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首脳会談の年内開催…国民大学教授 李元徳
「談話」の基本精神確認
「1・5トラック」で解決へ
去年8月李明博前大統領の独島訪問から端を発した韓日関係の冷却状態は、両国に新政権が登場して半年が経過したにもかかわらず、依然持続しており、いや、ますます悪化の道を辿っている。
韓国では安倍政権が進めようとしている憲法改正、安全保障政策の転換そして歴史認識の見直しの一連の動きを非常に危険な右傾化の「パッケージ」として認識し、極めて強い警戒や反発を示している。
一方、日本側は、朴槿恵大統領の登場に大きな期待を抱えていたが、時間が立つにつれ、「正しい歴史認識」を強気で攻める対日姿勢に甚だ失望している様子である。また韓国が中国へ接近しつつあるとの認識が広まり、対韓感情も徐々に悪化している。内閣総理府の調査によると、日本人の対韓好感度は10年余間5〜6割を記録していたが、去年3割代に落ち込んだ。いまや韓日関係は1965年国交正常化以来、最大の危機状況にあるといっても過言でないだろう。
韓国の対日認識はあまりにも単純すぎるところがあると思われる。総選挙や参議院選挙での自民党の圧勝は必ずしも、右傾化に対する日本国民の積極的な支持ではない。むしろ日本の有権者は、民主党政権への失望感のうえ、野党が四分五裂状態に陥っているなか、アベノミクスへの期待と政治の安定を望み、自民党に投票したと言える。
その意味で、韓日関係改善の余地は依然として存在する。
もちろん、近年加速化する日本政界の保守化やリベラル派の高齢化と共に若い世代の歴史認識の希薄化は非常に心配である。
最近、韓国国民が、安倍総理、麻生副総理、橋下大阪市長など日本の指導者たちの軽率かつ無神経な歴史関連言動に対する不安を募らせるのは当然である。
こじれた関係は韓日両国ともに大きな負担になっており、国益や国家戦略の観点からも深刻な損失である。北韓の核問題や中国の台頭に対処するには、両国は協力する必要があり、経済、文化の面においても緊密な協力が求められているのは言うまでもない。
最近の険しい関係のため、韓日の間の経済、貿易、観光、文化交流や人的往来など全ての分野に及ぼす悪影響はますます拡大している。
今こそ両政府の間で対話や妥協の道を探るべきである。年内首脳会談を実現することこそが韓日関係打開の糸口になると私は考えている。
この会談で安倍首相は河野談話、村山談話、菅談話などの基本精神の尊重を公式に表明する。そのうえで98年に金大中大統領と小渕恵三首相との間で合意された「韓日パートナーシップ宣言」をアップグレードさせる共同宣言を採択すべきだ。
また朴槿恵大統領が、東京大学や国会などでの講演を通して日本国民に向けて関係改善のメッセージを発するのもいい。この際には、ナショナリズムの強い内容はなるべく避けて、民主主義や人権、平和や共同繁栄などの人類普遍の価値や規範の重要性を強調すべきだ。
日本ではあまり意識されていないが、2015年には、韓日国交正常化から50周年の年を迎える。それまでに、軍慰安婦や徴用被害者への補償問題に進展がなければ、両国関係はさらに悪化し、感情的対立も高まる可能性が高い。
こうした懸案は政府だけではなく、両国の知識人、専門家、市民社会の代表らも含んだ共同委員会(1・5トラック)を組織し、問題の解決をめざすのが望ましい。
政府当局は、歴史争点は当分の間、この機構に任せ、安全保障や経済、文化問題に集中する、いわば出口戦略を探るのだ。歴史問題が解決しない限り協力しないということでは関係は破綻しがちである。
韓日関係がこじれれば、韓国はますます中国に接近せざるをえない。中国の狙いは、韓国を抱え込んで米国や日本を牽制することで、韓国は中国の戦略に振り回されかねない。それは、韓日ともにいいことではない。
プロフィール
イ・ウォンドク 国民大学校社会科学大学国際学部教授・日本学研究所長。ソウル大学外交学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科国際関係論専攻(国際関係学博士)。51歳。(現在、東京大学東洋文化研究所に客員研究員として滞在中)
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若い世代の育成緊要…弘益大学助教授 金雄基
両国事情の精通者に
意思疎通・発信力を高める
昨年8月の李明博前大統領による独島上陸を契機として両国関係が緊張する中、昨今のヘイトスピーチに煽られた反韓感情の高まりにより、在日の地位は再び揺さぶられている。また、先月行われた参院選の結果、韓日両国は今後約3年間、互いに御しがたい相手と向き合う公算が高まっている。
在日の地位の不安定さは両国関係に常に大きく左右されてきた。しかし、世界200カ国以上に暮らす約720万人の在外同胞の一集団という観点で在日を見た際、居住国における地位がここまで長期間安定しないのは極めて異例である。
多くの在日は母国の言語や文化、人的繋がりの断絶の中で生きている。このことが日本社会の排他性と相まって「根なし草」的状況に陥れている。
では、母国とのつながりが強いとされる、いわゆるニューカマーと呼ばれる人々の事情はどうだろうか。すでに2世が30代になる中、通名を名乗り、言語を喪失している者が多数見受けられる。つまり、在日とはすでに彼らを包摂する用語へと変節している。更には日本国籍を取得した者もまた、差別の対象からは逃れ得ない状況がある。
つまり、在日という属性を持つ全ての者がその経験と長所を結集していく必要性が生じているのである。ヘイトスピーチがニューカマーの多く暮らす新大久保で旧来からの「ちょーせん(人)」を標的としている点はその必要性を端的に表している。
国家関係が緊張する度に強調されるのが民間交流の大切さである。韓日間のそれはますます盛んであるが、多くの場合において、そこに参加できるのはナショナルな存在としての韓国(人)と日本(人)である。両者が緊密になり、情報化が進展する程に「橋渡し」役としての在日の存在感は希薄になる一方である。 それは韓国の報道にも如実に表れている。東日本大震災当時、罹災者である在日を度外視しただけでなく、ヘイトスピーチに対する保護においても自国民保護の観点は欠落している。
在日として韓日関係において何ができるかという問いに対し、筆者は明確な解答を持ち合わせていない。しかし、「橋渡し」の先にある在日として何ができるだろうか。筆者は韓国社会に関わること、そして、グローバル・コリアン・ネットワークの一員としての観点を持つことから始めるべきと考える。
韓国社会に関わるとは、その在り方を決めるにあたり、自らの考えを反映させていくことである。在日を含む在外国民が国政参政権を有していることを思い起こしてほしい。昨年行われた大統領選と国会議員選で行使した参政権は、在日を完全なる無権利状態から解放すると共に、有権者が等しく発言権を得たことを意味している。
重ねて述べるが、母国の在り方は常に国家を背負う在日の生きやすさを左右する。また、自国民保護を求めていく点からも政治参加は有効である。そのためには社会や文化に対する理解が求められることから、必然的に母国理解が高まることを期待できる。
一方、グローバル・コリアン・ネットワークの一員としての在日という観点は、これまで空間的・論理的に日本に封じ込められてきた状況に変化を与える効用がある。
他国に暮らす同胞がいかに居住国で地位を築き、母国を活用しているのかを共有、自らを相対化することで問題点を発見し、新たなビジョンを構築することが可能となる。そして、在日もまた、在外同胞の一員としてその主張を発することで在外同胞総体の利益を最大化するという発想が必要である。
韓日双方に精通したコミュニケーションを取れる若い世代の育成が喫緊の課題であることは言うまでもない。
祖国の解放を記念するにあたり、先人の労苦に感謝しつつ、新たなパラダイムに希望をもって向き合っていきたい。
プロフィール
キム・ウンギ 弘益大学校商経学部国際経営(日本)専攻助教授。日本の中央大学法学部政治学科卒業。韓国中央研究院韓国学大学院政治学博士課程修了(政治学博士)。在韓17年。45歳。
(2013.8.15 民団新聞)