西海の蛮行 北に免罪符
国家情報院の金萬福・元院長が日本の月刊誌「世界」2月号に寄稿した論文「紛争の海・西海を平和と繁栄の海にするために」は、西海から広がった昨年の韓半島緊張激化の責任について、韓国哨戒艦撃沈および延坪島無差別砲撃を行った北韓の危険な対南・統一政策について批判はもとより言及すらない。逆に李明博政府の「対北強硬政策」に原因があると非難している。緊張を激化させてきた北韓当局の言動に免罪符を与えるも同然な論旨であり、驚きを禁じ得ない。(編集委員・朴容正)
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撃沈・砲撃の責任転嫁
「宥和政策」を迫る 加害者には何も要求せず
「不可侵合意」指摘しながら
金萬福氏は盧武鉉政府時代の2006年11月に国家情報院長に就任し、08年2月に北韓の金養建統一戦線事業部長と交わした対話の内容を故意に流出させたとして解任された。07年10月の第2回南北首脳会談では盧大統領に随行している。現在は6・15共同宣言実践南側委員会常任代表だ。
西海上の南北境界線問題を分析した論文は「1、紛争の海・西海」「2、平和・繁栄の海を設置することに南北で合意」「3、『戦争の海』に変わった西海」と「4、追記」からなる。
「1」では、53年7月27日の韓国戦争休戦協定締結後、同年8月30日に駐韓国連軍司令官が、西海海上での南北の衝突防止へ韓国軍艦艇・航空機などの活動限界線として設定した北方限界線(NLL)の歴史を紹介し、北韓も従来はNLLを事実上認めてきた事実などを明記した。
92年2月に発効した「南北間の和解と不可侵および交流・協力に関する合意書」(南北基本合意書)において、北韓がNLLを「海上不可侵境界線」として合意したことも指摘している。
「3」では昨年3月の天安艦撃沈事件について「天安艦の沈没とは関連がない」という北韓の主張を「強弁」だと指摘している。だが、「政府が調査結果を急いで発表したために、各種の疑惑が解消されていない」「多くの専門家たちは韓国国防省の反駁は説得力がないと考えている」などと主張した。
最後に、「第二の『天安艦事件』を防止するために最も確かな課題は、『西海平和協力特別地帯』設置に関する南北首脳間の合意を履行し、〞戦争の海・西海〟を〞平和・繁栄の海〟にすることである」とし、「そのために韓国政府は、10・4南北首脳宣言を履行することによって南北間の信頼を回復し、南北関係を発展させてこの地に平和を構築し、統一に進む道を整える歴史的責任を果たさなければならない」と促している。
事件の張本人である北韓に対しては批判はもとより、何も要求していない。つまり、犯人に対してではなく被害者に再発防止策を厳しく求めているのだ。ちなみに金萬福氏は14日、「中央日報」記者に「私は天安艦事態は北韓の所業だと信じている」と表明している。
「追記」では「本稿は10年11月23日、北朝鮮が延坪島を砲撃する半年以上前に書かれたものである」とし、「延坪島砲撃事件」に言及している。 この砲撃では、軍人・民間人4人が死亡、住民は島外避難を余儀なくされた。民間人に対する攻撃は国際法上禁止された重大犯罪だ。約1700人が住む延坪島への砲撃は、休戦協定と国連憲章はもちろん南北の不可侵合意に全面的に違反すると同時に、平時に非武装民間人を非交戦地域で故意の攻撃により殺傷したという点で、「人道に反する犯罪」であった。
ところが論文は、このような無差別砲撃について「韓国の安保態勢に大きな穴が開いて勃発した『延坪敗戦』だった」と主張。北韓の蛮行について厳しく批判、糾弾するどころか、一切言及していない。
韓国政府への一方的な非難
そして結論部分では、「緊張が高まっている今日の朝鮮半島の状況は、『李明博政権が北朝鮮崩壊論を確信して南北関係を悪化させた結果』だ」と「平素から考えていた」ことを強調。
「李明博政権は、今からでも北の核問題の平和的解決のための6者会談の再開に努力し、朝鮮半島の軍事的緊張緩和のための『西海平和協力特別地帯』の設置など、既存の南北間の合意事項を履行して東北アジアの平和と安定に寄与し、究極的に朝鮮半島の平和的統一のために、残り少ない任期ではあるが、歴史的任務を果たさねばならないだろう」と、またも、なぜか韓国側にのみ要求。
ここでも、北韓が6者会談を一方的に中断させたことや、南北政府間で正式に調印・発効させた「南北基本合意書」と「韓半島非核化共同宣言」を反古にしてきた北韓の責任には、まったく触れていない。
しかも論文は、無差別砲撃の責任はまるで韓国側にあるかのように、「南北関係の凍結によって、これ以上わが将兵たちを犠牲にしてはならず、無辜(むこ)の民間人の生命と財産が奪われてはならないのだ」と結んでいる。
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「6・15南側委」の問題性
冒険主義に目つぶり 北の対南政策擁護に終始
金萬福論文は、韓半島の緊張激化について「核恫喝」を含む北韓側の危険な対南政策・言動には目をつぶり、一方的に李明博政府を非難・糾弾するという「6・15共同宣言実践南側委員会」(南側委員会)の基本姿勢と相似している。
南側委員会は2005年12月に「北側委員会」「海外側委員会」と共に「6・15共同宣言実践民族共同委員会」(6・15共同委)を構成した。
6・15共同委は「わが民族」を「基本理念」とする「6・15南北共同宣言」(00年6月の第1回南北首脳会談)を実践するための民間統一運動団体とされている。だがこの間、「核恫喝」や冒険主義を含む北韓の対南・統一政策の擁護に終始してきた。
北側委員会は北韓当局の代弁人に他ならない。また海外側委員会の中心をなす「日本地域委員会」は、北韓当局の日本における忠実な代理人である総連と、その別働隊である韓統連(在日韓国民主統一連合)が中心となって運営されている。
周知のように総連は、北韓を「南北すべての人民の総意によって建設された唯一正当な主権国家、唯一の祖国」と定め、「同胞を『共和国』(北韓)のまわりに総集結させる」ことを使命としている。当然のこととして北韓の体制と「統一」政策を無条件支持し、その実現のために闘うことを明らかにしてきた。
総連への支持声援を続ける
北韓は「共和国は金日成主席国家だ」「共和国は即ち金正日同志だ」と公然と表明している。のみならず「わが民族は金日成民族」「金正日将軍は民族の領袖」「金日成・金正日父子誕生日は民族最大の慶事」だと唱えている。「6・15共同宣言」発表後も「金日成民族」等の主張を止めず、総連でも繰り返し強調している。
総連は、北韓の核実験・核保有についても「祖国は堂々たる核保有国」(徐萬述議長)などと積極的に支持・称賛し、今日に至っている。総連中央は、「金正日への絶対忠誠」を誓い、「金正恩への3代世襲」にも忠実に従っている。
それにもかかわらず、南側委員会の代表らは、07年に平壌で開かれた「6・15共同宣言発表7周年記念民族統一大祝典」で、北側および海外側委員会代表とともに「総連に対する支持と声援は民族統一運動の重要課題」と強調した。その後も、総連の大会などに連帯の祝電を送り続けている。
今年年頭の北韓の3紙共同社説は「主席の生誕100周年を金日成民族の史上最大の祝日、人類史的大慶事として迎えなければならない」「『金日成主席の子孫らしく闘い、創造しよう!』、これが我々の座右の銘である」などと強調している。
「金日成民族」主張にも無言
北側の唱えている「統一」とは「わが民族=金日成民族」「金正日=民族の領袖」を大前提としていることは明白だ。北側がそのような「民族・統一」観を撤回したことはない。
だが、これまで南側委員会が、北側委員会に対して「わが民族」を最大のキーワードとした各種共同宣言等の発表に先立ち、前近代的・非民主的「民族・統一」論に異議を提起し、是正を促してきたとの報道を見たことがない。「基本合意書」と「非核化共同宣言」に反する北韓の核保有宣言・核開発強行や危険な対南政策に対しても同様だ。
南側委員会は、真の民族団結、平和的・民主的統一推進の障害となる、北側の「わが民族」などに関する主張や核実験に象徴される人民生活を犠牲にした先軍政治による緊張醸成・冒険主義、人権抑圧などについては、まったく沈黙。もっぱら李明博政府の対北・統一政策について「反民族・反平和・反統一」などのレッテルを貼り、非難を繰り返している。従北団体視されるゆえんである。
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危険な「朝米平和協定」主張
韓国排除は重大な背信 「基本合意」「6・15」さえ無視
北韓は年頭の3紙共同社説で、「昨年、南朝鮮保守当局は戦争下手人、反統一対決狂信者としての本性を余地なく現した」と強弁し、「南北間の対決状態を1日も早く解消するため南朝鮮当局は反統一的な同族対決政策を撤回しなければならず、6・15共同宣言と10・4宣言を履行する道に進まなければならない」と主張した。
また、「幅広い対話と協議」を呼びかけた5日の「政府、政党、団体連合声明」でも、現在の軍事的対決状況について「南朝鮮当局の親米、同族対決政策による結果だ」ときめつけている。
延坪島砲撃は米国のせい!
党機関誌「労働新聞」は11日の論評で「朝鮮半島の平和を保障するためには、朝米の信頼を図ることが先決で、朝米敵対関係の根源となっている戦争状態の終結に向け、平和協定から締結すべきだ。平和協定締結の提案に誠実な姿勢で応じていたなら、延坪島砲撃事件のような事態は発生しなかった」と責任を転嫁している。
ここで強調している「平和協定締結提案」とは昨年1月、北韓が外交部声明で韓国戦争の休戦協定を「韓国排除の」平和協定に替えるための会談を米国に呼びかけたことをさす。
だが、休戦協定の法的・実体的当事者である韓国を排除した平和協定提案は、政治的プロパガンダの一環であった。
北韓も74年までは「朝鮮での緊張を緩和するためには、なによりも休戦協定を南北間の平和協定に替える必要がある」(金日成、72年1月)と主張してきたことからしても明らかだ。
「基本合意書」でも、休戦状態から平和状態への転換を南北が主導的に実現することを約束している。「基本合意書」は同時に発効した「非核化共同宣言」とともに、南北双方、つまり「わが民族同士」が、平和確保と分断の克服をめざして、その順守・履行を内外に公約したものだった。
ちなみに金日成は92年2月、「今回発効した合意文書は北と南の責任ある当局が民族の前に誓った誓約だ。共和国政府はこの歴史的な合意文書を祖国の自主的平和統一の道で達成した高貴な結実と考え、その履行にあらゆる努力を尽くす」と明言した。
それにもかかわらず、北韓側は、その後1年ばかりで「民族の前に誓った誓約」を反古にし、以来、頬被りを決め込んでいる。今では「6・15」と「10・4」だけをクローズアップし、その履行を韓国側に要求している。
6・15南側委員会も、金萬福「世界」論文と同様、これに同調して李明博政府非難に終始している。
だが、金大中大統領の右腕として「6・15」の産婆役を務めた林東源・元統一部長官によると「6・15」と「10・4」は「基本合意書」を土台としている。金大統領は、「6・15」に署名した翌年の韓国戦争51周年に際しての演説で「韓半島での休戦状態を終息させるために南北間で平和協定が締結されなければならない」と、北韓に呼びかけている。
「6・15」に基づいて南北関係の拡大・発展を謳った「10・4」でも「南と北は、軍事的敵対関係を終息させ、朝鮮半島で緊張緩和と平和を保障するために、緊密に協力することに」し、「休戦体制を終息させ、恒久的な平和体制を構築すべきだということについて認識を共にし、直接かかわりのある3者または4者の首脳が韓半島地域で会って終戦を宣言する問題を進めるために協力する」としている。
「北政府隷属」やめぬ南側委
ここでの「3者または4者」とは「南・北・米または「南・北・米・中」にほかならない。したがって「韓国抜きの平和協定提案」は、「6・15」および「10・4」の基本精神にも反する。
そもそも北韓側が、「永遠の主席」が明言したように「基本合意書」と「非核化共同宣言」を誠実に順守・実践していたならば、94年の「核危機」および05年の北韓の「核保有宣言」と核実験による「核危機」もなく、西海での昨年の天安艦撃沈や延坪島無差別砲撃事件もなかっただろう。
南側委員会の白楽晴名誉代表(前常任代表)は「今こそ南の市民社会が、南北双方の政府に隷属することを拒否すべき」だと主張している(10年6月)。
南側委員会が従北団体でないならば、韓半島の平和と南北関係について韓国政府のみを問題視し非難してきたこれまでの偏向した言動を改め、北韓当局に「6・15」「10・4」の土台となっている「基本合意書」と「非核化共同宣言」の再生・履行を促してしかるべきだ。
また「わが民族同士」を強調しながら、肝心な当事者である韓国を排除した「対米平和協定提案」を批判し即刻撤回するよう求めてしかるべきだ。
金正日国防委員長は「6・15」の翌年7月、ロシアのイタル・タス通信との会見で「米国がわが国の国土の半分を武力で占領し、わが国を常時威嚇している」と強調している。
「韓国排除の対米平和協定提案」は、北韓がいまだに唱えている「韓国=米軍占領地=傀儡政権」論と無関係ではなく、南北対等協力推進を謳った「6・15」を根本から否定するものである。
(2011.1.26 民団新聞)