韓国のドラマ、映画、K―POPを3本柱に、多彩なイベントを盛り込んだ「新大久保ドラマ&映画祭2014」が3月下旬、東京・新大久保「コリアタウン」地域で10日間にわたって繰り広げられる。この大規模イベントは、地域の活性化と多文化共生の街作りを目指す地元有志らによって企画された。「新大久保ドラマ&映画祭」実行委員会代表委員長の李承さん(47)は「必ず成功させなければならない」と意気込む。
文化発信で誇りを
葛藤超え「3者共生」築こう
もっと頑張り地元の共感を
「今月から積極的な広報活動に入る。もっと地元の皆さんの共感を得るために関係者一人ひとりが頑張って、人を動かすようなプレゼンテーションを幅広く展開しなければ」
「新大久保ドラマ&映画祭」の発起人である李さんには、このイベントに対する並々ならぬ思い入れがある。
新大久保地域には、1980年代後半から多くのアジア系を中心とする外国人が住み始めた。街の急激な変化に地域住民らは戸惑いを隠せず、さらに90年代後半になると韓国系店舗が増えはじめ、地元商店街は「自分たちの商店街が韓国人に乗っ取られる」という危機感を募らせていた。
そんな雰囲気が一変したのは、「冬のソナタ」が火付け役となった韓流ブームからだ。
街は韓流ファンの女性たちでごった返すほど賑わいをみせた。それまで恐くて暗いイメージの街が明るくなった。韓国系の店ばかりではなく、日本人の店舗経営者らも何らかの形で恩恵を受けるようになった。
韓流を媒介にして、韓国の店舗経営者や商店街は協力し合ってきたが、一昨年から続く韓日関係の冷え込みや反韓デモの影響で、集客数は落ち込んだ。
李さんは「韓国人と一緒になって、この街を韓流の街として盛り上げた方がいいと思っている商店街の方々は多い」と現状を説明する。
韓国生まれの李さんは、日本滞在歴17年。新大久保との関わりは16年余りになる。
昨年、新大久保で在特会(在日特権を許さない市民の会)が繰り広げてきた排外主義的なデモは、李さんにある思いを決意させた。
排外デモにも逃げてはだめ
「韓国人は出て行け」という言葉を聞き、日本を出たらどこに行くかを考えた。「もし外国に行った場合、その時、私が見る日本は、私を追い出した国になってしまう」。しかも「子どもたちにとって新大久保は第2の故郷。日本から逃げてはだめ。この街を誇れる故郷にするために、文化的な発信を通して街全体のレベルを高めたい」。イベントを企画した最大の理由だ。
昨年3月、李さんをリーダーに、韓国コンテンツ振興院日本事務局所長の金永徳さん、字幕・翻訳を手がける神田外語大学非常勤講師の本田恵子さんが企画会議を開いた。思いは強くとも、素人たちで成功させられるのか、という重圧がついて回った。
「映画祭のような大きな仕事は一人ではできない。いろいろな人材やお金もたくさんかかる。地元の方たちと何度も会議はしたが出口は全然、見えなかった」。昨年5月の3回目の会議で、釜山国際映画祭などに関わった原田徹さん、水科哲哉さん、本田さんによって事務局が結成され、論議が加速した。
11月29日、紆余曲折を経て、公式発表会までこぎ着けた。「準備段階でいろいろな人と出会い、お願いしていくうちに、必ず成功させなければならないという強い責任感と、成功できるという確信ができた」
開催期間中、映画10作品、新作ドラマを中心とした5作品を上映。招請ゲスト(出演俳優、監督ほか)による舞台あいさつ、トークショー、K―POPイベント、韓国の俳優やタレントのファンクラブミーティングなども企画している。同イベントの広報大使を務めるのは、次世代韓流スターのキム・シフさん。
実は李さんにはもう一つ、この「ドラマ&映画祭」を機に、在日社会をひとつにさせたいという希望がある。
生活習慣や考え方の異なる民団系の人たちと韓人会の人たちは、ほとんど交流がなかった。だが、新規定住者も日本での生活が長くなるにつれ、子どもの教育やアイデンティティー、コミュニティーなどの問題で、在日韓国人が経験してきたような壁にぶち当たる。いろいろな課題があるにも関わらず、これまで一つのテーマでセミナーやシンポジウムを開催したことはない。
新規定住者といっても一時的に滞在する人を除けば、日本に骨を埋める人は多い。「同じ韓民族として、お互いに協力して生きていかなければならない。壁を作ったり、喧嘩して悪口を言うより、互いに協力して何かをやり遂げた方がいい。それにはまず、対話が必要」。共通のイベントを成功させることで、コミュニケショーンの糸口にしたい―。
李さんは、日本で暮らす在日韓国人が厳しい差別と闘い、また、本名や韓国的なものを表出できなかった歴史があったことは理解している。
日本人の心も動かせたら
しかし「時代は変わり、韓国を知ったり、子どもに韓国語を覚えさせたほうが可能性が広がるという時代になった。韓流ブームは日本人が牽引したが、今から在日の方々が自ら韓国文化に、あるいは韓国に興味を持って楽しんで愛してくれれば、そこから日本人の心を動かしていけるのではないか」と期待を語った。
今月から広報活動を展開しながら、細部を詰めていく。「皆の記憶に残る、2回目を楽しみにできるものにしたい。そのためにもインパクトを与えるような内容にしたい」と意欲を示す。
李さんは志を同じくする仲間たちとともに、最後の追い込みに入った。
(2014.1.15 民団新聞)