
韓国を中心に、北韓の民主化と人権のための活動を展開している「デイリーNK」と「国民統一放送」による「2015 北韓情勢報告セミナー」が24日、東京都内で開かれた。テーマは「玄永哲処刑以後の金正恩体制の展望」。政治・経済・軍事各面の動向および対北放送の課題について4氏が報告した。北韓の改革・開放をめざす行動的な専門家による異例な企画とあって、言論人や研究者、脱北者支援団体の関係者ら80余人が会場を埋め、制限時間いっぱいまで質疑応答が続いた。司会は、朝鮮大学校政治経済学部教員を経て、日本メディアでコメンテーターとして活躍するコリア国際研究所の朴斗鎮所長。
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衝撃的な玄永哲の処刑…高官の亡命相次ぐか
金永煥氏(北韓民主化ネットワーク研究委員)
金正恩体制下の数々の粛清でもっとも衝撃的だったのが、叔父の張成沢と人民武力部長・玄永哲の事例だ。張成沢は大々的に報道されるなか、即時、公開処刑された。玄永哲は数百人の将校の目前で、高射砲により跡形もなく抹殺された。
金日成・金正日時代の粛清は、静かに、政治犯収容所や僻地に追放する方式だった。「恐怖」と「包容」のバランスにも気を使っていた。金正恩体制になってこのバランスが崩れている。若く、権力基盤が弱いため、なめられまいとする意識が過剰だ。
玄永哲は代表的な野戦兵士であり、誠実で私欲のない軍人として将校の尊敬を集めてきた。このような人物を明確な理由もなく粛清するばかりか、将星の「星」を奪ったり、与えたり、恣意的な「人事」を頻繁に繰り返し、軍幹部に反感や屈辱感を募らせた。
しかし、これらが組織化されることはない。軍生活がいかに長くとも、高位層が私的関係を築けないよう、ブロックされているからだ。
疑問に思うかも知れないが、北韓に軍部は存在しない。「軍部」とは、士官学校や軍生活を介して固められた人間関係と指揮系統との結合体と言える。北韓には高度に発達した監視網があり、なかでも軍高官に対するそれは、秘密組織から派遣された監視員が24時間張り付くなど、はるかに緻密で徹底している。
しかし、監視網には必ず穴がある。1995年に6軍団のクーデター未遂事件があり、400人の将校らが粛清されたが、最後の段階まで発覚しなかった。今すぐそのような動きが起きる可能性はきわめて低いが、政治経済状況によっては徐々に高まるだろう。
最近、軍や党の最高位人士が脱北・亡命したとか、亡命を準備しているとの信頼に値する情報が相次いでいる。張成沢、玄永哲の粛清による一時的現象なのか判断するのは難しいが、身辺に危険が迫っていると感じる高位者が増えていると思われる。亡命が続けば政権基盤のいっそうの弱体化は避けられない。
それでも、金正恩体制が急激に不安定化する展望はない。金日成と金正日が統治した67年間に、すべての国の構造と社会構造、住民意識が金一家体制に奉仕・忠誠するよう組織されてきたためだ。ただし、変化は少しずつ進んでいる。
住民の金正日に対する忠誠心が金日成の半分だったとすれば、金正恩に対するそれは正日の半分以下だ。また、経済を重視する立場から、開放性を一定水準以上に維持するか、拡大しなければならないが、開放と統治の安定を長期に並行させることができると見るのは幻想に過ぎない。
今から10年前を基準に、5年以内に急変事態発生の可能性が20%だったとすれば、現在は30%ほど。今後10年、15年となれば、はるかに高くなるだろう。
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在来兵器体系にも自信…効果大きい急所狙う
徐宰平氏(北韓民主化委員会事務局長)
北韓の兵器開発は、1962年の党中央第4期5次全員会議で採択された「4大軍事路線」(全人民武装化・全国土要塞化・全軍幹部化・全軍近代化)に基づく兵器の主体化と現代化で一貫し、先端兵器から在来兵器に至るまでほとんどを自前で生産する中堅の兵器開発国となった。この過程は4段階に分けられる。
旧ソ連・中国の支援を受けた初期・準備段階を経て、70年代には独自生産を本格化させる基本段階に入る。金正日が思想・技術・文化の「3大革命路線」を提示し、本格的な唯一思想領導体系を実現し始めた時期でもある。軍事面では思想戦・技術戦・速度戦の原則を打ち立て、準備段階までの限界を克服し、韓半島の地形と戦術に合う北韓式、主体式のミサイル、砲、戦車、魚雷艇、潜水艦など多様・多種の兵器を自前で生産し始めた。
80年代からの本格段階では、自前で自走砲、放射砲(多連装ロケット)、中・短距離ミサイル、地対空・地対地誘導兵器、AN‐2、MI‐2など航空機を開発、生産した。兵器開発のための研究所を分野別に新設し、品質の高い部品を生産して軍需産業の「システム化」を完成させ、在来兵器の生産で自信を深めた。
研究開発は「第2自然科学院」、生産は「第2経済委員会」が総括する。北韓では兵器・軍事物資関連の機関には主として「第2」の名称がつく。「科学院」は60余研究機関をもつ。そのなかで最大の規模なのが「166工学研究所」だ。専門研究員1000人、補助人員が1500人、旧ソ連からの亡命者も20人ほどを擁している。ミサイル開発の核心部分を担当する。
ほかに、偵察総局のサイバー部隊と共同でハッキング・プログラムの研究開発を行う「電子計算機研究所」、寧辺原子力発電所と密接な関係にあり、核兵器開発を総括する「101核物理化学研究所」、細菌戦研究機関の「定州微生物家禽化学研究所」などなど。
北韓は6・25韓国戦争の経験とベトナム、中東、イラク戦争などの事例を徹底研究し、韓半島の実情に合う兵器体系を整えてきた。今後、韓国に対して質的優位をめざすでもなく、量的に圧倒するのでもなく、急所を狙い、小さな攻撃で数倍の効果を発揮できる兵器開発に向かうと予想される。ここには核と化学・細菌兵器も含まれる。
金正日の悲願とされた核兵器、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)、サイバー攻撃の各能力は、彼が急死するまでに目途がついたとも言われている。北韓の軍事能力は過大に見てもならないが、決して過小評価してはならない水準にある。
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トンジュ(金主)が伸長…金体制に両刃の剣
金龍勖氏(デイリーNK編集局長)
計画経済が縮小して「私経済」の領域が継続拡大している。これを牽引するのは党・軍・政の幹部と結託するトンジュ(金主)だ。
従来の配給・生産システムが瓦解した90年代、各地に市場が生まれて商人が登場、能力や人脈のある者が「初期トンジュ」となり、高利貸しなどによって富を蓄積、新興富裕層と呼ばれるまでになった。国家運営と幹部の生計に必要な財源確保に一定の役割を果たしながら、金正恩体制の「両刃の剣」になっている。
90年代末、地域間の移動が現在よりも困難な状況で、国家機関からトラックやバスを賃借りして商品や商人を運ぶ「ソビチャ=サービス車」が登場。00年代に入って市場拡大が本格化すると、中国から密輸入した中古トラックやバスを各機関・企業所から借り受け、事実上の個人運輸業を営み、列車や船までレンタルするトンジュが現れた。賄賂によって投資や再投資、貿易業などが比較的自由になり、トンジュは経済のすべての分野で影響力を行使するまでになった。
トンジュは数万人から数十万人いるとされ、「最高位層」は、核心支配層と結託して国家事業と外貨稼ぎの領域で大規模な事業を展開する。「中間層」は、道・市党の中間幹部と結んで各種利権事業を行う。これがもっとも多いとされる。その下に、地方幹部に賄賂を贈って主に密輸、住宅販売、高利貸し、サービス車の運用、卸売業で富を蓄える「一般層」がある。
「投資型」トンジュには、国家事業も対象だ。平壌や新義州など主要都市のマンション建設に投資し、分譲権を得て富裕層に転売する。順天火力発電所の廃熱を利用した温水プール・浴場の建設などへの投資もある。
国営企業の名義と資産を借りる「賃貸型」は投資型に比べて独立性があり、貿易、サービス、製造、水産、鉱業などに進出した。大同江上流の平安南道の砂採取事業は好業績で、脚光を浴びている。
サービス施設には美容室、写真館、ゲームセンター、ビリヤード、カラオケ、宿泊所などがあり、「非社会主義」と見なされ取り締まりが入ることもあるが、トンジュによって着実に拡大している。ピザ、ハンバーガー、コーヒーショップのフランチャイズ店も同様だ。
韓流の広がりはすさまじく、ドラマ情報も熱心なファンのいる日本よりも先に伝わる。また、中国と往来する貿易要員などを通じて韓国のファッション雑誌を手に入れ、それを参考に服をつくって幹部や富裕層に販売する個人テーラーも増えた。
私経済を主導するこうしたトンジュと金正恩、核心権力層にはコネクションがある。核心層がトンジュに特権を提供、利益の一部を金正恩にさまざまな形で「忠誠資金」として捧げ、金正恩はこれを統治資金として活用する。二律背反的とはいえ、「利益共同体」とも言うべき共存関係にあり、これは今後とも強化されよう。
こうしたトンジュ主導で拡大する私経済は、体制を脅かすと金正恩が判断すれば打撃を受けかねない。しかし、そうなれば核心・幹部らの反発も並ではない。核心・幹部層とトンジュとの利益共同体をつぶせば、金正恩体制に深刻な亀裂を生む可能性がある。
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役割大きい対北放送…「市民意識」を啓発へ
李光白氏(国民統一放送常任代表)
南北が分断されて70年になる。経済規模格差は40倍、1人当たりの所得格差は20倍だ。統一コストは最大のネックだが、より難題なのは南北住民の生存様式と意識の差だろう。
北韓に市民社会は存在せず、人権意識も希薄だ。独裁体制が崩壊しても、混乱が長引き、副作用が大きくなるほかない。
韓国と国際社会は、北韓住民の情報接近権を確保する必要がある。より多くの外部情報とともに、市民社会の育成に貢献する教育プログラムの提供を拡大すべきだ。情報を総合して合理的判断を可能にし、当局の統制や指示から自立性を確保するよう導かねばならない。
当局による強力な処罰がある状況では、摘発が比較的難しく北韓全域に情報提供が可能な対北放送の役割が大きい。北韓ではすでに、自由に聴取できるラジオが1万から3万台普及していると推定されている。だが、多用なコンテンツの提供が可能な民間の対北放送は、周波数と放送出力の面で弱点を抱えている。これを改善することは喫緊の課題だ。
韓国における対北民間放送は、米国政府や財団の支援を受けており、韓国政府からのそれはわずかである。韓国政府が周波数と送信施設をサポートするなら、北韓住民により多用な情報を提供できる。
北韓当局による市場の拡大を防ぐ努力は失敗に終わり、むしろこれを利用する政策に転換した。市場に対する住民のニーズは高まる方向にあり、市場活性化のプログラムを積極的に開発し、聴取率の引き上げを図りたい。
対北放送のより重要な目的は、住民に北韓社会を変えようとする意識を啓発することだ。日本には民間団体の「特定失踪者問題調査会」が運営する「しおかぜ(潮風)」と「拉致問題対策本部」の支援を受ける「日本の風」という対北放送がある。より効果的な情報提供のために韓日の交流・協力が求められよう。
北韓の核とミサイルから脅威を受ける周辺国の平和維持コストは莫大だ。対北放送の有効性を押し上げれば、はるかに少ないコストで北韓社会の変化を誘導することができる
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「デイリーNK」
04年12月、北韓専門ニュースサイトとして開業し、スクープを連発してきた。北韓内部に通信員を配置するほか、中国の丹東、瀋陽、延吉に特派員、欧米や日本などに通信員をおいている。速報性と正確性で評価は高い。
「国民統一放送」は、この「デイリーNK」の力量と過去10年にわたって北韓住民向けに活動してきた「自由朝鮮放送」および「開かれた北韓放送」のノウハウを合体させ、昨年10月に誕生した。北韓に100万人のリスナーを確保することで、市民社会形成に寄与するのが目的だ。毎日22時からの2時間放送されている。
(2015.7.29 民団新聞)