掲載日 : [2021-08-13] 照会数 : 6807
友好の懸け橋担う日本人…オンラインサポーターズ2人に聞く
[ 野田智代さん(右)と小暮真琴さん(左) ] [ 写真左から、▼作品募集に使ったイラスト「住んでいないのに韓国の天気が気になる」▼「自分史」のイメージ画▼私の韓流生活あるある豆事典 ] [ 【写真左】=ブログでは地方各地を紹介。この回は2016年、光陽でシジミを食べた場面 【写真右】=2017年、釜山の国際市場で入ったディープな食堂「コチャンチッ」。奥が店主のオモニ。NHKBSの「世界入りにくい居酒屋」でも紹介された。 ]
韓国に関する知識や経験を仕事に生かしている女性たちがいる。野田智代さんは韓流雑誌・書籍編集者として、小暮真琴さんは韓国旅行のプランナーとして活躍している。昨年、2人は、駐横浜総領事館が韓日友好活動を促進する文化事業のオンライン・サポーターズに任命された。高い専門性と企画力によって行われたイベントは、韓流ファンから注目を集めている。(インタビュー構成)
私の韓流『うん、あるある』を集め50作で豆事典制作
(のだ ともよ)韓流誌編集者。「韓LOVEステーション」パーソナリティ。99年に延世大学語学堂に留学。TVガイド誌の編集を経て、2019年に(株)クリエイティブパルを設立。韓流ファンの想い出を1冊にまとめる「韓流自分史・メモリアルブック」サービスを展開中。横浜韓国総領事館のオンラインサポーターとして、コンテストの企画運営も行う。
私はオンライン・サポーターズの中で、主にコンテスト事業を担当しています。昨年、企画した「第1回私の韓流メモリアルコンテスト とっておきの想い出エピソード」は、初めての大きな事業として携わりました。
実はこのコンテストの企画につながっていく話ですが、3年前に韓流好きの方の人生や思い出を1冊にまとめる自分史事業というのを立ち上げました。
皆さんにどうやったら知ってもらえるかと考えていた時に、韓国にまつわる素敵な思い出やエピソードをコンテストで募集して、入賞者にはその方だけの思い出の記念冊子という賞品を作ったんです。それが好評で、総領事館からも評価をいただきました。
このコンテストはSNSを中心にした広報だけで約300通の応募がありました。正直、こんなに来るとは思わなかったので自信につながったし、またコンテストをやれたらいいなと思っていたところに総領事館から「今年も何かコンテストをやりましょう」とお声をかけていただきました。
1回目は、韓国と出会って人生観が変わったという感動的で真摯なエピソードが多かったんです。応募者は、40代から60代までの韓流第1世代から、東方神起やBTSが好きになったという20代、30代といったように、いろいろなタイミングで韓流が好きになったという方たちが勢ぞろいしました。
今年のコンテストでは、長引くコロナ禍で「韓国に行けない」と沈んでいる方たちに笑ってほしいなって思いました。
「第2回私の韓流メモリアルコンテスト 韓流生活あるある大募集」は、韓流ファンなら「それってあるよね」と、誰もが共感・納得する「あるある」エピソードを50文字以内のフレーズにして、スマホで応募できるように作り込んでいきました。
今回は20代から50代の方の応募が多かったです。面白い作品の中から50作を選んで豆事典を作りました。50個のあるあるがそろうと、日本全国の韓流ファンがどうやって韓流生活を送っているか、どうやって韓流が好きになったかっていう実態が分かるんです。これは韓国の人が知っても面白いし、韓流ファンなら、なお面白いというところで、深い意味を込めた賞品にしています。
◆古墳の壁画から韓国に目ざめる
私が韓国と出会ったのは、高松塚古墳(奈良県高市郡明日香村)の壁画がとても印象的で、渡来文化や古墳、壁画づくりに関わったとされる渡来人に興味を持ったのが最初です。小学校の時、古代史少女だったんですよ。小学生の頃から、よく遺跡巡りや博物館巡りをしました。
その頃、藤木ノ古墳(同県生駒郡斑鳩町)の大発見(1988年)があり、そこで発掘された金銅製履(くつ)が、韓国公州にある武寧王陵から出土した金銅製飾履によく似ているという記事を何かで見ました。
それが朝鮮半島につながるということで興奮して、子どもの頃の夢は「考古学者になって韓国に行く」でした。
大学3年生修了後、延世大学語学堂に留学したのも韓国をもっと知りたいという理由からでした。2019年に会社を立ち上げる時に自分のキャリアを生かして、さらに20年間、韓国と関わってやってこられたので韓流業界に貢献したいなという思いがあったんです。
そこで思いついたのが、自分史っていうその人のための宝物を作ってあげることでした。どこにも売っていない、その人だけの1冊を作ってあげるという自分史をライフワークにしようと決めました。私は編集者なので、雑誌を作ったりウエブサイトのコラムを担当したりしています。
サポーターズとしては、旅プランコンテストでは小暮さんの企画を制作部分で支えさせていただいたり、広報物を作らせていただいたり、裏方でも頑張っていきたいと思います。
とびっきりの韓国地方旅…「夢のプラン」を募集
(こぐれ まこと)2006年初渡韓。ブログ「全州にひとめぼれ!大邱が恋しくて!」を通じ、韓国地方旅の魅力を情報発信中。韓国人の情の深さに惚れ込み毎月渡韓し、渡韓回数は200回超。2018年に韓国162の全自治体を踏破。韓国地方旅講座講師や自ら同行するツアーを企画。全羅北道国際交流諮問官。2019年観光の日に韓国観光協会中央会から褒章授賞。
私はもともと韓国の地方が好きで、現地のスタッフに頼んで自分が行きたい地方の動画を撮ってきてもらって、それを配信したいという最初の企画を出しました。
ところが総領事館から、日本の市民たちと何か関わりを持ったイベントにしたいという提案があって、そこで野田さんにもご相談をして「アフターコロナに夢見る!とびっきりの韓国地方旅プラン」コンテストを企画しました。
このコンテストは地方の魅力と旅の楽しさが伝わる1泊2日の地方旅プランを募集するものですが、それとは別に応募者全員を9月のオンライン授賞式にご招待して、そこで私が作った動画を初披露します。
動画は、今は自分では撮りに行けないので、指示書を作って現地の代理店に送りました。でも、撮ってきてもらったものがイメージと違ったりして、やっと調整が終わったところです。動画は、必ず地方旅に行きたくなるように作らなくてはいけないなと思いました。
私をサポーターズに任命していただいたことで自分の夢を叶えたいと思ったことが、こういう公のコンテストでできたということはすごく、意義のあることだと思っています。
私が韓国に興味を持ったのは、2005年に「冬のソナタ」を見てからです。ベタなストーリーが日本の昔のドラマを彷彿させました。
この物語を作る韓国ってどういう国なんだろう、これはすぐに韓国に行ってみないといけないと、2006年にドラマのロケ地を訪ねるツアーで行ったのが最初の旅です。
その時、初めて来た国なのに違和感はなく、この国にまた来たいと思ったのは韓国が初めてです。その後もソウルを中心にツアーで何回か行きましたが、あるミュージカル俳優を好きになって、ソウルでミュージカルを観るようになりました。
でもミュージカルは夜に上演されるので、昼間は日帰りで京畿道とか近場の地方に行ったんです。そうしたら、ソウルとは違う人情深さとか、一人旅ができたという達成感を感じて。それからいろいろな場所に行くたびに地図に印をつけていったら、いつか全部行けるかなって思い始めたんです。
私は韓国が好きすぎて、昔は仕事をしていても韓国のことしか考えられなくなっていました。韓国に専念したいと思っていた少し前に、韓国地方旅のツアーを企画して、日本の旅行代理店から販売するという話をいただきました。その頃はツアー企画の仕事くらいしかなかったけれども、全てのエネルギーをそこに注ぎたくなって仕事を辞めました。
2009年にあるドラマを見て全州のロケ地に行ったのですが、韓屋の並んでいる姿が素敵すぎて全州にはまってしまい「全州ひとめぼれ!大邱が恋しくて!」というブログを11年に開設しました。その後、13年から大邱に惚れました。一つ気にいったことがあると、特に韓国に関しては没頭しました。
◆ソウルとは違う人情に魅かれる
いちばん韓国に惹かれるのは人情です。大邱のある食堂に初めて行った時、キムチが美味しかったんです。オモニにキムチがとっても美味しい、私はカッキムチ(からし菜)がいちばん好きと伝えたら、今度来る時に作っておいてあげると言われたんです。
翌月、約束した日に訪ねるとカッキムチが用意されていたんですよ。普通の方が初めて会った外国人の約束を守って下さった。そういう人情というか、こんな凄いことはないなって思いました。
18年10月に韓国の全自治体162市郡を回り終えました。地方にはソウルや釜山にはない魅力がたくさんあります。日本の方にも好きになってほしいと思って「韓国地方旅の講座」を3カ月に1度、開催しています。その流れでこのコンテストは韓国旅ではなく、韓国地方旅につながりました。
今後は皆さんがもっと気軽にソウル、釜山以外の地名を言ってくれたらというのが私の夢です。そういう情報発信をさらにしていきたい。
(2021.08.13 民団新聞)