勇猛のシンボル、怖れられ愛され
◆3年間、虎と同居の孝行息子
もう100年も前のお話。ハムさんはお父さんが亡くなって山奥にお墓を作りました。ハムさんは親孝行な息子でした。 「侍墓暮らし」(お墓の隣に草ぶき小屋を作ってそこで寝泊まりしながら3年間墓守をすること)の3日目、夜中に用を足すため外に出たら、目の前に虎の目が煌々と光っていました。その夜は恐怖で一睡もできなかったそうです。
その日からハムさんは3年間、虎と山奥で同居(?)しました。年に1回、祭祀に参列するために村に戻るとき、虎はハムさんを見守るかのように村の入口までいっしょに降りてきたそうです。
嘘のようなこの話は、私が妻の外叔母(母の兄弟の妻)でもあるハムさんの娘さんから直接聞いた話です。今も江陵には、ハムさんの親孝行を称えるための「孝子閣」が建てられています。
現在、韓半島で絶滅したとされる虎は、開国神話の檀君の話にも出てくる身近な存在でした。虎は霊物とされ、山神霊、山君、老爺、大父と呼ばれ、畏れられてきました。
他方、虎は昔から怖い存在でもあり、虎による被害を表す「虎患」や「虎食」という言葉もあるくらい、韓半島における被害は甚大でした。
1416年、太宗王のとき、全土で虎の被害が多発したため、「捉虎甲士」という虎狩り専門の部隊まで作られたくらいでした。また、『朝鮮王朝実録』によると英祖王(在位1724~1776)10年のとき、夏から秋にかけて「虎患」で死んだ人の数は全国で140人に上ったそうです。
◆出願商標数、動物の中ではダントツ1位
一昔前まで、泣き止まない子供がいると、よく「虎が来るぞ!」と言ってあやしていました。また、今でも「鬼教師」のことを「虎の先生」と呼んでいます。
こんなに怖い虎と山奥で3年間も同居できたハムさんの話は理解に苦しみますが、虎は親孝行な人には絶対に危害を与えないという昔からの言い伝えを聞くと納得してしまいます。
虎は勇猛のシンボルでもあり、朝鮮時代は文班と武班からなる両班のうち、武班は「虎班」とも呼ばれました。武班の正装の胸背の前後には刺繍が施されていましたが、そこに描かれたのは虎でした。ちなみに、文官の場合は鶴でした。
このように韓半島で虎はとても怖い存在でしたが、同時に親しみのある動物でもあります。1988年に開かれたソウルオリンピックのマスコットは虎の「ホドリ」で、2018年の平昌オリンピックのマスコットも虎の「スホラン」でした。
また、韓国の特許庁が2007年に出願商標を中心にいちばん好まれている動物を調べたところ、1位は寅、2位は午、3位は辰の順でした。出願数を見ると、1位の寅は2位の午の197件のほぼ2倍の408件に上りました。このことからも寅が韓国人にどんなに愛されているかがわかります。
さらに、虎は韓国のことわざにいちばんよく登場する動物の一つです。
「虎も自分の話をすれば来る」(噂をすれば影が差す)
「虎に連れていかれても気をしっかり持っていれば生きられる」
「虎の洞穴に行ってこそ虎が捕まえられる」(虎穴に入らずんば虎子を得ず)
「虎は死して皮を残し、人は死して名を残す」
「ノロジカを避けたら虎に出くわす」
など、一部は中国起源のものもありますが、虎が出てくることわざが数多くあります。
◆昔ばなしの始まりに登場
日本の昔話は「昔、昔、あるところに…」から始まりますが、韓国は「虎がタバコを食べていた時代」で始まることが多いです。昔話の最初のくだりも虎で始まりますが、昔話に登場する動物の中でも虎は1、2位を争うでしょう。ただし、必ずしも怖いばかりではなく、お茶目に描かれることも多々ありました。
昔、虎が山奥の家に牛を食ってやろうと忍び込みました。一方、部屋では泣き止まない子供に「泣いてばかりいると虎が来るよ!」と脅していました。子供が一向に泣き止む気配を見せないと、お母さんが一言。
「泣くのはおよし! さあ、ホシガキよ!」
子供はピタッと泣き止みました。耳をそば立てて聞いていた虎は「自分より強くて恐ろしいホシガキというやつがいるのだ!」と思い、一目散に山に逃げて帰ったとか。
◆民画などでは優しい眼つきで愛敬たっぷり
また、民画などに吉鳥とされるカササギといっしょに映っている虎は、優しそうな眼つきをしていて、愛敬たっぷりの場合が多いですね。
さて、今年は寅年。 昔から寅年生まれの女性は気が強いとされ、どちらかと言うと、長い間マイナスに受け止められてきましたが、幸いなことに近年は寅年生まれの女性は率直かつ積極的で何事にも果敢に挑戦するとプラスに受け止められています。
何はともあれ、女性も男性も寅年の今年は、「騎虎之勢」で、いろいろと挑戦してみる年にしてみましょう。
曺喜澈(チョ・ヒチョル)
「お、ハングル!」主宰。韓国文化院世宗学堂運営委員。元東海大学教授。2009~10年度NHKテレビ「テレビでハングル講座」講師。著書に「1時間でハングルが読めるようになる本」(学研)、「本気で学ぶ韓国語」(ベレ出版)、「ヒチョル先生のひとめでわかる韓国語きほんのきほん」(高橋書店)、「韓国の昔話」(白帝社)、「食わず嫌いの韓国‐ドラマに探る」(グラフ社)、「現代韓国を知るキーワード77」(大修館書店)、「Q&A知っナットク!韓国日常感覚」(NHK出版)など。
(2022.01.01 民団新聞)