■□
金9、お家芸は健在
女子ゴルフ 朴仁妃、感激の優勝 22日(日本時間)に幕を閉じたリオデジャネイロ五輪で、韓国選手団は金9、銀3、銅9の計21個のメダルを獲得し、国・地域別総合で8位となった。目標の「金10個以上」には一歩届かなかったが、2004年のアテネから4大会連続でメダル獲得ランキングトップ10入りを果たした。
序盤、世界ランク1位3人を含む歴代最強メンバーと言われ、金メダル量産が期待されていた柔道が次々と脱落するも、お家芸のアーチェリーが男女団体と個人の4個の金メダルを独占したほか、秦鍾午が射撃男子50メートルピストルで前人未踏の3連覇を達成した。
また、伏兵ともいえるフェンシング男子エペの朴相永(世界ランキング21位)が決勝で世界ランキング3位のゲーザ・イムレ(ハンガリー)に奇跡的な大逆転勝利劇を見せ金メダルを追加した。
後半に入ってからはテコンドの男女5人全員がメダルを獲得し、国技の意地を見せた。女子は呉ヘリ(67㎏級)と金ソヒ(49㎏級)がそろって金メダル、男子は全員銅メダルだった。
1900年パリ五輪以来116年ぶりに復活した五輪女子ゴルフでは「銀河系軍団」の異名を持つ韓国女子4人の中で、ケガで出場が危ぶまれていた朴仁妃が底力を見せた。朴は五輪ゴルフコース(6245ヤード、パー71)で通算16アンダーの268で優勝した。2位のニュージーランド同胞、リディア・コに5打差をつける圧勝の金メダルだった。
メジャー7勝を誇る朴だが、オリンピックの金メダルは「今までやったことがなかったし、一番大事。とても、とても特別で、何物にも代えられない」と笑みを浮かべた。
昨年、アジア人選手として初めて女子ゴルフのメジャー4大会を制し「生涯グランドスラム」を達成。五輪優勝を加えた「ゴールデンスラム」も達成する偉業を成し遂げた。
メダルこそ一歩届かなかったが4位と健闘したのが新体操の孫延在だ。4年前のロンドン五輪の5位よりも1段階順位を上げた孫は「残念なことにメダルはなかったが、努力を続けた分、成長できた。100点があるなら、自分自身に100点をあげたい」と言い切った。
ロシアと東欧の専有物だった新体操で「韓国人・孫延在」が歩んできた道は、新たな歴史を作った。5歳の時、母親と手をつないで新体操教室を初めて訪れ、毎日日記に「世界大会に出て片手で数えられる順位に入る選手になりたい」と書いた。子どものころに描いた夢のとおり、孫延在は新体操ワールドカップで韓国人選手としては初のメダルを取り、14年の仁川アジア大会と15年の光州ユニバーシアード大会では金メダルを手にした。
世界ランキング1位で在日同胞初の金メダルが期待された柔道の安昌林は、まさかのベスト8で敗退だったが、4年後の東京五輪が楽しみだ。
|
ケガを克服し金メダルの栄冠をつかんだ朴仁妃。韓国女子ゴルフの実力を見せた |
|
テコンドで国技の底力をみせた呉ヘリ |
|
4年後に期待がかかる柔道男子66kg級銀の安バウル(22) |
|
柔道女子48kg級で銀メダルを獲得した鄭普 |
|
テコンド金ソヒ |
|
準々決勝で敗退した在日同胞3世の安昌林(22)。この悔しさをバネに4年後の東京でのリベンジを誓う |
|
ロシアと東欧の専有物だった新体操にアジアの意地を示した孫延在は4位入賞 |
|
男女そろって団体と個人4種目を制覇した韓国アーチェリーチーム。女子団体は正式種目に加わった88年から8大会連続優勝の快挙 |
|
男子サッカーは準々決勝でホンジュラスにまさかの敗退。決定的なゴールシーンを決められず悔し泣きするエースの孫興民 |
|
北韓の双子ランナー健闘 14日にあった女子マラソンに、五輪史上初めてという三つ子ランナーと双子ランナー2組が出場し沿道の注目を集めた。 入賞まであと一歩という走りを見せたのは北韓の21歳の双子ランナー、金ヘソン、ヘギョン姉妹。道中、分身のようにぴたりと寄り添って走り続け、2時間28分36秒の同タイムでゴールイン。写真判定で姉が10位、妹が11位となった。 |
■□
海外指導者に〞韓流熱風〟
日本バドミントン支えた朴監督…ベトナム射撃・中国の柔道も リオ五輪では海外のチームを率いる韓国人指導者たちによる「韓流熱風」が沸き起こった。その代表が日本バドミントン初の金メダルをもたらした朴柱奉監督(52)だ。
◆バドミントン
女子ダブルス日本の高橋礼華(26)、松友美佐紀(24)組は準決勝で韓国の鄭景銀、申昇 組と対戦。朴監督は「五輪で韓国とは対戦したくない」と願っていたが、日本を勝利に導いた。
世界バドミントン連盟の殿堂入りもしている朴監督は92年バルセロナ五輪男子ダブルス金メダルをはじめ、世界選手権通算5回優勝の伝説的プレイヤー。04年から日本代表チームを引き受け、豊富な経験と格別なリーダーシップで日本バドミントンをレベルアップさせた。
練習方式を根本から変え、韓国式のチームワークや体力と忍耐力を強化させ、12年ロンドン五輪では女子ダブルス、藤井瑞希、垣岩令佳組が日本史上初の五輪メダル(銀)を獲得した。
女子シングルス銅メダルの奥原希望が「砂場を飛んだのは初めて。走って倒れたこともあったが、どんな危機でもあきらめない強い精神力がついた」と語るように、日本バドミントン界を世界の強豪に変えた。
選手とのコミュニケーションにも通訳を使わず独学で日本語を学ぶなど気を遣った。朴監督の契約は来年3月までだが、すでに東京五輪まで延長の提案を受けたという。
◆射撃
ベトナム史上オリンピック初の金メダルとなった射撃10メートルピストルのゾアン・ビン・ホアン選手(42)を指導したのは韓国人の朴チュンゴン監督(50)だ。10日、ホアン選手は金メダルを獲得した瞬間、韓国語を混ぜて「サンキュー!監督様」と駆け寄った。翌日、50メートルピストルで秦鍾午に続き銀メダルを獲得し表彰台に上がったホアンは韓国の愛国歌が鳴り響くと胸に手をあてた。
朴監督は韓国の射撃代表常備軍の監督を務めた後、14年9月にベトナムに渡った。ベトナムには国際大会で使う電子標的がないほど練習環境が劣悪だった。大舞台を前に朴監督はホアンを韓国に連れてきて練習させた。
◆柔道
中国男子柔道に五輪初のメダルをもたらしたのが鄭勲中国男子柔道監督(47)。程訓が男子90㎏級で銅メダルを獲得。「中国柔道のヒディンク監督」と言われている。
鄭監督は12年ロンドン五輪直後に中国柔道協会のラブコールを受けて中国に渡った。「韓国、日本の選手たちと対等に戦うために訓練強度を韓国の3倍に増やした。韓国では普通、筋力運動は一日200〜300回だが中国選手には1000回させた。仰天し、夜中に故郷に逃走した選手もいたが、鄭監督は飛行機で追いかけ連れ戻した。表彰式後、鄭監督は「私をののしりながらも最後までついてきた選手たちをほめたい」と大きく笑った。
◆卓球
89年ドイツのドルトムント世界卓球選手権大会の団体戦銀メダルメンバーである権ミスク監督(46)もリオに来た。世界ランキング400位圏だったフィリピンの卓球イアン・ラリバ選手(22)は権監督の指導を受けて2年で200位圏まで飛躍して初の五輪出場を実現させた。
◆アーチェリー
韓国のお家芸、アーチェリーも各国に指導者が存在する。外国選手たちを率いてリオ五輪に参加した韓国人指導者は20人に達するという。
李ギシク監督(59)が率いる米国と李ウン、李サンヒョン両監督が指揮するメキシコは、韓国の4種目制覇までの過程で王者たちを大きく脅かした。
|
ベトナム史上初の金メダルを喜ぶ射撃10メートルピストルのホアン選手(右)と朴チュンゴン監督 |
|
男子柔道で中国初のメダルをもたらした鄭勲監督 |
|
バドミントン女子ダブルス日本の高橋礼華、松友美佐紀組を金メダルに導いた朴柱奉監督 |
■□
全メダリスト金メダル(9)【アーチェリー】
▼具ボンチャン、金優鎮、李スンユン=男子団体
▼奇甫倍、張恵珍、崔美善=女子団体
▼張恵珍=女子個人
▼具ボンチャン=男子個人
【射撃】
▼秦鍾午=男子50mピストル
【フェンシング】
▼朴相永=男子エペ個人
【テコンド】
▼呉ヘリ=女子67㎏級
▼金ソヒ=女子49㎏級
【ゴルフ】
▼朴仁妃=女子個人
銀メダル(3)▼安バウル=柔道男子66㎏級
▼鄭普=柔道女子48㎏級
▼金ジョンヒョン=男子50mライフル伏射
銅メダル(9)▼郭同韓=柔道男子90㎏級
▼奇甫倍=アーチェリー女子個人
▼尹真熙=ウエイトリフティング女子53㎏級
▼金政煥=フェンシング男子サーブル個人
▼金雨=レスリング男子グレコローマン66㎏級
▼金泰勲=テコンド男子58㎏級
▼李大勲=テコンド男子68㎏級
▼車東旻=テコンド男子80㎏超級
▼鄭景銀、申昇瓉=バドミントン女子ダブルス
|
3連覇した秦鍾午選手。2位はベトナム、3位は北韓の選手 |
|
劇的な大逆転で奇跡の金メダルを手にした朴相永 |
|
勝って雄たけびをあげる車東旻選手 |
|
準決勝で日本の高橋、松友組に敗れたものの3位決定戦で中国組に圧勝した鄭景銀(左)と申昇瓉組 |
(2016.8.24 民団新聞)