韓日間の確執どう克服
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両社会の構造的変化
自他イメージに動揺…好感度双方ともに降下
「65年体制」の不安定性露呈
去年12月14日の日本の総選挙は、選挙戦序盤から与党優勢が伝えられたが、予想通り前回同様3分の2を超える326議席を獲得する与党の圧勝で幕を下ろした。自民党は291議席を獲得し現状維持に成功し、引き続き政局運営の主導権を握り、国交正常化50周年を迎えた韓日関係の前途はこれまで以上多難になりそうである。
確かに、2回目の安倍政権の登場が今の韓日関係の主因の一つであるが、韓日間の確執には、政府間のそれだけでなく、対内外的なメガ・トレンドの変化に基づく両社会の構造変化が横たわっている。
現在韓日関係は国交正常化以来最悪と言ってもいい。内閣府が去年12月20日に公表した「外交に関する世論調査」によれば、韓国に対して「親しみを感じない」が前年より8・4ポイント高い66・4%で、「親しみを感じる」は前年に比べ9・2ポイントも下落した31・5%だった。しかも、現在日本国民の間のいわゆる「お詫び疲れ」は深刻である。昨年8月25日の毎日新聞の世論調査を見れば、「十分反省した」が67%で、「十分でない」の22%を大きく上回っている。いったい「何回謝ったらもう謝らなくていいのか」「百歩譲って今度謝ったら本当にそれで終わりなのか」という思いが日本国民の間に行き渡っている。
日本の有識者、特に韓日関係の発展に努力してきた人々の間でも韓国に対する失望感が急速に広まっている。
韓国で自由民主主義、市場経済、法の支配が発展したことで対等で協力しあうパートナーになると思ったのに、自由や民主主義が行き過ぎた「NGO国家」になり、中国傾斜を強めることで「フィンランド化」が進んでいる。韓国の有識者やマスコミの「原理主義」的志向が、「俗人主義」思想に基づく漸進的なアプローチを不可能にしているとの、前アジア女性基金理事の大沼保昭の批判も同じ文脈のものである。一部のマスコミは、2011年韓国の憲法裁判所の違憲決定や翌年の大法院の強制徴用に関する判決が「三権分立」精神を踏みにじる暴挙であり、韓国は法治国家でないと批判する。
他方で、韓国側の事情も似ていて、もともと高くない韓国国民の日本への好感度は20%半ばまで下がり、主要マスコミの論調も相変わらず「反日基調」である。問題なのは、韓日過去清算の法的構造の枠組みを定めた「65年体制」の不安定性が露呈していく中、上記の憲法裁判所や大法院の判決によって「65年体制」が崩壊危機に直面し、日本側の反発を招いていることである。
韓日関係を考える際に違う文脈で問題なのは、1990年代以後急速に日本が韓国にとって「死角地帯」化したことである。韓国国民の留学先は圧倒的に英語圏に、そして、やや遅れて中国へ偏っていき、日本にはますます優秀な人材が来なくなっている。
どうしてここまでになってしまったのか。まず、世界史的、国際関係要因である。89年冷戦の終焉とその後のグローバリゼーションの波は歴史問題について相反する2つの流れをもたらした。一方で、冷戦後世界各地で民主化の波が押し寄せ、遠い過去に遡って歴史不正(historical injustice)の回復が試みられた。欧米諸国の植民の過程で追い出され、ひっ迫された先住民への原状回復、そして、冷戦時代に歴史不正への謝罪より援助を受け開発を急いだ多くの途上国で「援助より謝罪」の動きが広まった。他方で、歴史問題がグローバル化したことで至る所でアイデンティティ政治が煽られ、排外主義を強めながら「記憶の戦い」(memory war)が噴出した。
現在の韓日関係の確執の背景には、韓国の民主化後、65年の韓日基本条約で解決済みとされた日本の戦後責任をもう一度糺そうとする動きが出てきた半面、行き過ぎた謝罪によって痛く傷つけられた日本のイメージ回復という形の日本の保守陣営の「記憶消去」の動きがある。
東アジアでの力の地殻変動
もう一つは、東アジアにおける力の地殻変動である。すでに2014年に中国が購買力換算で米国を抜いてGDP世界1位に浮上し、韓国は世界10位の経済規模を持つ国に成長した。それによって、中国に対して「近代の優位性」を誇ってきた日本の位相が相対的に低下し、いつまでも弟分と思われていた韓国がいつしか対等な存在として向き合ってきた。
東北アジア史上初めての「横並び関係」が出現したことで、従来の自他イメージに狂いが生じ、互いに新しい現実を受け入れられずにいる。
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日本での「記憶の戦い」
「左」失速、保守化進む…「横並び関係」出現も要因
現在の韓日関係を考える際87年の韓国の民主化が決定的な転換点であることに異論はあるまい。
韓国での87年民主化の重み
65年韓日国交正常化は、どちらかと言えば、民主化以前「民衆抜き」の反共・保守政権間の関係定立で、韓日間の過去清算の法的構造は不安定性を内在していた。当時の日本の5億㌦の提供は少なくとも植民地支配への代償でなかったし、83年に全斗煥政権との間で劇的に妥結した40億㌦支援も日本側の謝罪の表れではなかった。
民主化による市民の出現は、従来の両国の保守政権間の韓日関係に新たな次元を持ち込み、不安定な韓日清算構造に楔が打ち込まれることになる。韓国で「慰安婦」問題が社会的に取り上げられたのは87年以降であり、2005年官民共同委員会による韓日請求権の法的範囲についての立場の変更も同じ脈絡から考えるべきである。
去年11月に東京で開催された第7回日韓社会文化シンポジウムの基調講演で『敗戦後論』の著者加藤典洋は、安倍内閣の高支持率に集約される日本社会の構造変化について興味深い諸指標や出来事を提示している。
まず戦争体験世代比率が1950年75・1%から2000年23・5%へ、そして、2025年に6・2%へ縮小し、2050年には0・1%となり完全な世代交代になる。二つ目は「55年体制」の「拮抗」の崩壊で、戦後民主主義の基層であった日本社会党の議席が90年に衆参合わせて183議席から2012年には3議席(昨年末の選挙で2議席となる)に劇的に減ったことである。
3番目として3・11東日本大震災以後の社会の劣化、戦後価値(敗戦と戦後の作り出した新しい価値)を後世代に伝える教育の欠如、中国や韓国躍進による横並び(経済)関係などの要因が重なり、相対的な日本の位相低下からくる国内的不満のはけ口としてのナショナリズムの勃興である。
実態と認識のギャップ顕著
このような背景の下で、「左」の失速とともに保守化していく日本社会で「記憶の戦い」が蘇生し、やがて「民族主義的」体質と「自主国家論」で武装した安倍首相が出現する。特定秘密保護法の採択や集団的自衛権の行使容認の動きに対して、消えかかった抗議行動が復活し、国中が大騒ぎだったのに対して、安倍首相の靖国参拝直後の世論調査で支持が反対を上回り、抗議や反対の動きが目だたなかった所以である。
現在東北アジア史上初めて「横並びの関係」が出現し、韓日両社会が経験した構造変化によって、今後の韓日関係は、しばらく激しい自他イメージの動揺、そして、実態とパーセプションのギャップを経験しつつ、(葛藤内在的な)新しい日常を迎えることが考えられる。新しい日常としっかり向き合うには何よりも市民の自覚が必須である。政府の役割が重要であることは否定しないし、政府間関係が悪化すると、政経分離の一角が崩れやがて市民の次元に影響が出る。しかし、政権は(不)定期的に変わるもので、時の政権を選ぶのは市民であり、選んだ責任は免れない。
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健全な市民社会構築へ
共通の重要課題山積…政治家だけに委ねまい
加害・被害のとらえ直しも
歴史認識の問題を国家や政治家だけに委ねないためには自立した「個(人)」が前提となる。
日本は、明治時代も、戦後も、欧米への「追いつき、追い越せ」という「国家」目標を官主導で成し遂げてきたため、自立した「個」、健全な市民(意識)が成熟し難かった。他方で、韓国民は確かに自力で民主化を勝ち取ったが、現在の韓国が健全な「公共性」感覚を身につけた良識ある市民たちの「民主主義」社会に成熟したのかは疑わしい。今般の大韓航空「ナッツ姫騒動」は強い市民社会の陰影が明るみに出たことを意味する。
果たして両国の市民は保守政権や一部の右翼勢力による「記憶の戦い」の芽を早いうちに摘み取り、アイデンティティ政治に流されない健全な市民社会を築き上げながら、市民間の真正な連帯の輪を広げていけるのか。
そのためには政府やマスコミの喧伝を鵜呑みにせず、自他へのステレオタイプやマスコミが作り上げた単純化したイメージを払しょくすること、そして、それぞれの足元を凝視し、各自で、あるいは連帯して歴史清算をしていくことが求められよう。
韓日(中)の間の歴史和解を考える際に、市民のレベルに目を置いても、避けらないのが加害と被害という立場の違いである。両国の市民は、孫歌(政治思想史研究者)のいう、加害と被害を、「国家」という枠を超え、人間の視点からとらえ直せるだろうか。
最近従軍慰安婦問題は、外交の次元の問題から、「女性の人権・尊厳」の問題として受容されつつあるが、韓日の市民は、「慰安婦問題」の地平を、強制連行の有無へ問題を矮小化しないで、国家による戦時性暴力や女性差別のような普遍的次元として、立場の違いを乗り越え、とらえていくことができるだろうか。
日本人は、人間の視点から、かつての日本国の罪や元日本人慰安婦をも含めて余命少ない被害者を見つめる勇気を持ってほしい。
韓国国民は、たとえ民衆抜きの国交正常化や保守右翼政権間の歴史であっても、これまで日本側のやってきた努力は認めながら、問題解決に努めるべきである。
グローバリゼーションはますます一国限りでの対応を難しくし、韓日も例外でない。グローバル化を背景とする新しい貧困や人間生活の寸断が韓日共通の社会問題として顕在化している。
正常化50周年機に進展期待
両社会で容赦なく進む少子高齢化、地縁や血縁に根差したコミュニティや家族の崩壊がある。多文化共生に基づく成熟した、創造的な社会を誰が早めに築き上げられるのか。
ともに外国人人口が2%前後で、多文化共生の経験に乏しい中、いかに単一民族神話に基づく習性を打破し、多様性を受容しながら創造性の源を調達していけるか。グローバルな視点に立っての韓日の政府や市民の連携が必要な分野は目白押しである。
現在韓日関係については内外から知恵が集まりつつあるが、国交正常化50周年の今年こそ何らかの進展があってほしいものである。幸い去年12月に韓日関係にとって明るい2つの出来事があった。
一つは10日最高裁第3小法廷が、在特会側の上告を退け、京都朝鮮学園に対する約1200万円の賠償と学校周辺での街宣禁止を認めた一、二審判決を確定したことで、もう一つは18日北星学園大学が従軍慰安婦問題を報じた朝日新聞元記者の非常勤講師の雇用契約を来年度も継続すると発表したことである。
どうか今年夏の安倍首相の新しい歴史談話の内容が河野・村山両談話をしっかり踏まえた未来志向的なものであることを祈りたい。
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プロフィール
柳赫秀 ユ・ヒョクス
横浜国立大学大学院国際社会科学研究科教授。延世大学校法学科卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。専門は国際法・国際経済法。「韓国人研究者フォーラム」代表。