未知の世界を探求し続ける科学者。日本の大学や研究所で日夜取り組む同胞も少なくない。医学や物理、建築、機械工学といった専門分野で活躍する同胞をシリーズで紹介する。
人工の骨で再生に挑む
近年、万能細胞と称されるiPS細胞など再生医療への関心が高まる中、医用材料としてのハイドロゲルに注目が集まっている。
画期的な新開発
ゲルとは固体と液体の中間の形態をもつ物質で、柔軟性と弾力性を有する。体そのものがゲルから構成されている。水分を吸収しやすく、含水率の高いのがハイドロゲルだ。例えば、食品では豆腐や寒天、煮こごりがあり、コンタクトレンズやオムツなど医療の衛生分野でも用いられている。
水中に入れて膨張も型崩れもしない高強度のハイドロゲル「非膨張ハイドロゲル」を世界で初めて開発した、と先月末に発表し注目された。
「2008年に最初のデザインを作ってから改良を重ね、6年かかった。生体環境下で収縮する特殊な高分子を導入することで、ハイドロゲルの変形を制御することができた。高分子の設計原理を見いだしたことで、再生医療/組織工学における細胞の足場素材として活用できる」と展望する。
高齢化社会の到来とともに、骨や臓器に問題を抱える人が急増している。このため臓器移植や人工臓器の研究に目を向けているものの、ドナー不足などが原因で思うように進んでいない。
「細胞による再生はコストがかかり、ガン化の危険性もある。そこで足場素材から骨の再生をめざした。骨に関しては、成分の70%近くをリン酸カルシウムが占め、細胞のウエイトはそれほど大きくない。そこで、シグナル因子と足場素材から骨の再生を研究しようと考えた」
シグナル因子とは、細胞に働きかけて細胞の機能を調節する役割を果たすもの。米国留学中に骨の成長をうながすシグナル因子の研究を行っていた関係で、その成果を応用できると考え、今回の開発につながった。
再生医療の足場素材に使えないかと、問い合わせが相次いでいる。「柔らかい組織の代用や、薬を投入する際のドラックデリバリーなど、基盤技術なので応用範囲が広い」
実学志し医者に
幼少のころから絵を描くのが好きだったが、高校生のとき、「実学が大事で、社会で役立つ医者になれ」と両親から勧められ、画家の道をあきらめた。
専門では内分泌(ホルモン)に興味を覚えた。「絵画好きだったからか、人体の形を決める骨、カルシウム代謝にひかれた」。さらに内分泌の研究を深めようと、ハーバード大学医学部に留学。ヘンリー・クローネンバーグ教授に師事し、細胞の機能を調節するシグナル因子の研究を行った。これを臨床に生かそうと、6年後、日本に戻った。
骨に変形が生じた場合、健常な骨を削るのは患者にとって負担が大きい。母骨(残っている骨)と人工骨をぴったり合わせることが課題だった。「骨の成分と同じリン酸カルシウムの粉を利用することで、拒否反応が起こりにくく、生体適合・安全性を高めることができた」
骨がどう作られるのか。その仕組みだけでなく、骨そのものを作ることができないかを研究し続けてきた。〞骨博士〟と称されるゆえんだ。
これからも、「骨や軟骨、椎間板など、人工の組織や臓器づくりに役立て、未知の医療機器を提案していく」と意欲旺盛だ。韓国の延世大学に招請され、講義することもある。
(2014.3.12 民団新聞)