「張粛清」余波 極端に恐れる
「最高尊厳中傷は宣戦布石」
南北間で「10月末から11月初めまでに開催」することで合意を見ていた、朴槿恵政府で2回目となる南北高官級協議が霧散した。韓国は10月13日に、同協議の30日開催を提案していたにもかかわらず、北側は韓国の脱北者団体らによる北韓体制を批判する風船ビラ散布の中止を高官級協議の前提条件に挙げ、白紙化したからだ。北韓は、風船ビラに向けて高射砲10余発を撃ち、韓国軍の対応射撃を招いたこともある。南北高官合意を破り、しかも対南挑発・威嚇を強めてまで風船ビラ散布の取り締まりを韓国側に執拗に迫っている。
ビラ散布、中心は脱北者関連団体
紙幣、DVD、即席麺も
北韓は9月13日に南北高官級協議の代表団報道官名義でビラ散布を非難し中断を求める談話を発表。同21日からは各種メディアを動員して「ビラを飛ばせば原点を焦土化する」と公言してきた。
しかし、10月4日、アジア大会閉会式に合わせて、黄炳瑞軍総政治局長ら高位幹部3人を仁川に派遣。韓国政府が8月に提案した第2回高官級協議に応じることを明らかにし、「10月末〜11月初めの都合のいい頃に南側が時期を定めてほしい」と表明していた。
高射砲で銃撃も
その6日後、北韓は韓国の民間団体が京畿道漣川の軍事境界線付近で飛ばしたビラ付きの大型風船に向けて銃撃を行い、このうち2発が京畿道漣川郡の退避所に着弾した。翌11日には対南宣伝用ウェブサイト「わが民族同士」で「尊厳と体制を中傷冒涜するビラ散布により北南が合意した第2回高官級接触が水泡に帰した」と主張した。
12日付の「労働新聞」では「首謀者はほかでもなく南朝鮮当局だ。かいらい輩党の処置のために北南関係が破局に陥ることになったことはもちろん、予定されていた高位級接触も水の泡になったも同然だ」と非難した。
これに対して、韓国政府は、脱北者団体などの北韓向けビラ散布が憲法上の表現の自由の領域に属すとし、規制する法的根拠がないという立場を繰り返し明らかにしてきた。
柳吉在統一部長官は24日の国会外交統一委員会の国政監査で、「北韓へのビラ散布は憲法が定める表現の自由を行使しているもので、これまでの政府の基本的な立場を変えることはない」と説明した。
だが、北側は継続して風船ビラ取り締まりを対話の前提条件として要求。24日に朝鮮中央通信を通じ「祖国統一研究院白書」を発表し、「あらゆる虚偽と捏造でわれわれの最高尊厳と体制を冒涜、中傷するのは事実上の宣戦布告だ」と主張。
29日には国防委員会書記室が、青瓦台国家安保室宛の電話通知文で「南側が『法的根拠がない』という理由でビラ散布を放置している」と非難。結局、第2回高官級協議の30日開催を拒否した。
韓国政府は、ビラを散布する市民団体と、安全上の問題からこれを阻もうとする地元住民らが対立していることを踏まえ、ビラ散布団体に自制を呼びかけてきたが、鄭 原国務総理は3日の国会答弁で、「適切な措置を取り(対立を)防ぐようにする」との考えを改めて示している。
統一部によると「民間団体のビラ散布は韓国の体制の特性上、政府がこれを統制できる事案ではない」ということを、今年2月の南北高官級協議を含め、さまざまな機会に北側に伝えてきた。
それにもかかわらず北側が激しく反発、中止を迫っているのは、閉鎖された北韓内部に、不都合な情報、特に金日成・金正日・金正恩ら「最高尊厳」に関する否定的・批判的な情報が流入し、住民に知られ広がることを極端に恐れているためだ。
現在、北韓では、昨年12月に処刑した張成沢・元国防副委員長の残存勢力に対する第2段階の粛清が継続している。粛清の対象として12万人がピックアップされ、中堅以上の幹部たちは戦々恐々としているという。恐怖政治は党幹部だけでなく一般住民にも及んでいる。ちなみに、韓国・国家情報院は、最近与野党情報委員会幹事らに「北韓当局が公開処刑を拡大して、政治犯収容所も拡張している」と報告した。
こうした中で、情報の流出には異常なほどまでに神経を尖らせており、脱北者には容赦のない処罰が課され、場合によっては射殺してもかまわないとの指示がなされていると伝えられている。
外交部は10月28日発刊の「2014年版外交白書」で、北韓では権力層内部の動揺と民心離反が広がっていると分析、金正恩体制について、「無分別な恐怖政治の行使により権力内部の脆弱性が深刻化し、中長期的に体制の不安定性が一層増大する」と推測している。
ビラは心理戦手段として、南北ともに長い間相手地域に向かって散布してきた。だが、現在は北韓のビラが韓国社会に格別な影響を与えることができないのに対して、対北ビラは、南北比較等を通して南側の体制優越性を紹介する内容に加え、金一家の私生活の暴露など「最高尊厳」に触れる内容からして、北住民への影響には少なくないものがあるという。
脱北者の多くは、韓国から飛ばされたビラや中国を経由して入ってきた南北関係や韓国に関する情報などを通じて、6・25韓国戦争が北韓による南侵だった事実を初めて知り、金日成王朝の実態・虚構性や、韓国の発展の様子も知ることができたと語っている。
2004年6月、南北は「相互誹謗中断」に合意した。その後、韓国軍や情報機関の対北ビラ散布は中止されたが、脱北者団体など民間団体によってビラ散布が行われている。
毎年200万から300万枚のビニール製のビラを水素ガスでふくらませた12〜15㍍の大型のビニール風船につるし、南北非武装地帯の近くから北に向けて飛ばしている。即席麺、チョパイなどに加えて08年からは米国ドル紙幣や中国人民元、北韓の5000禹音紙幣、韓国のドラマ・映画・歌謡などのDVDも同封されたりしている。
監視統制を強化
外からの情報、特に不都合な情報を厳しく禁じている北韓当局は、住民らに対してはビラを自ら拾わずに落下した場所を国家安全保衛部などに届け出るよう指示している。張成沢残存勢力への大規模な粛清が続くなか、住民への監視統制体制をさらに強めている。
それだけに外部からのビラの散布に敏感に反応し、「われわれの最高尊厳と体制を冒涜、中傷するのは事実上の宣戦布告だ」と恫喝、即時中止を激しい調子で要求。その一方で、韓国の元首である朴槿恵大統領を呼びすてで非難し、「対等な対話の相手」である朴槿恵大統領・政府に対して、いまだに「かいらい輩党」などと冒涜、誹謗することをやめていない。
(2014.11.5 民団新聞)