国力への不安映す 日本
政策縛る市民運動 韓国
確執の再生産近づいたゆえ
開会辞で柳赫秀教授(横浜国立大。韓国人研究者フォーラム代表)は、「韓日間の確執には政府間のそれだけでなく、両社会の構造的変化が横たわっているのではないか」と前置きし、「韓国の対日強硬姿勢の背景には、民主化後の市民社会の急成長があり、日本社会の保守化の背後には、戦後民主主義教育を受けた(団塊)世代から平成世代への交代がある」と指摘、「構造的な変化の深層を複合的かつ学際的に分析することで、現状打破の糸口を見つけたい」と呼びかけた。
ポスト冷戦も構図変化なく
シンポジウムはこの趣旨に基づいた基調講演と個別報告、それらを受けての総合討論で構成された。視点や力点を異に登場した各報告者、パネリストにあっても、現状や問題のありかとメカニズムについての認識はほぼ共有されていたのではないか。
それらをキーワードとして括れば、東アジアにおける「冷戦崩壊後の新秩序不在」、「韓国・中国の台頭」、「韓国の民主化」、日本の「相対的な国力低下」、「脱戦後風潮と思想的対抗軸の崩壊」などとなろう。
米ソを頂点とする東西冷戦の終焉は、89年11月のベルリンの壁崩壊から1年もたたずに実現したドイツ再統一(90年10月)に象徴される。そこに重要な役割を果たしたのが「2プラス4」だ。東西ドイツ(2)と第2次世界大戦の戦勝国である米ソ英仏(4)で構成された。
この「2プラス4」条約は前文で、72年に発足したCSCE(欧州安全保障協力会議。後に「機構」に改称)のヘルシンキ最終文書の緒原則にのっとり、欧州に公正で永続的な平和秩序を構築することを明示し、再統一を欧州の歴史的変革と結びつけた。これがソ連などの反対を封じた大きな要因とされる。
同じ分断国家を韓半島に抱え、6・25韓国戦争という国際戦争を体験しながらも、東アジアにはCSCEのような枠組みがない。南北分断を強いた冷戦が崩壊してもその「恩恵」はとどかず、安保面では韓国‐米・日、北韓‐中・ロの対峙が格別な変化のないまま続いた。韓・中の緊密化、北・中の疎遠化はここ数年のことであり、しかも、旧来の対峙関係を瓦解させるまでには至っていない。
それでも、いくつかの重要な試みがあった。金日成主席とカーター元大統領による北・米会談(94年)があり、南北首脳会談(00年、07年)、北・日首脳会談(02年、04年)がそれぞれ2回ずつ行われた。また、北韓の核問題を扱う6者会談が03年に始まっている。
6者会談はその限定された目的を別とすれば、韓半島南北(2)プラス米中日ロ(4)で構成された点でドイツ統一時の「2プラス4」と同型だ。東アジアで初めての集団安全保障機構に発展する要素を持ち、さらには韓半島統一に重要な役割を果たす可能性を秘める。だが、機能不全に陥ったまま再開のメドはたっていない。
思想の対抗軸日本では消滅
主たる要因はもちろん、3代にわたる世襲独裁の維持にすべての資源を動員し、先軍政治を掲げて核兵器開発に余念のない北韓にある。しかし、それを許しているのもまた、国境不可侵と安保・経済協力などを約し、「欧州に公正で永続的な平和秩序」の構築を目指したCSCEのような枠組みの不在であろう。
冷戦崩壊から四半世紀が過ぎても、東北アジアに転換と言えるほどのパラダイムの変化はない。その半面では、韓日中に「横並びの経済関係」が生まれ(加藤典洋氏)、韓日間に「垂直関係から相対的な均衡化、価値観の共有にともなう均質化」があった(木宮正史教授)。
日本には国力の相対的低下からくる不満のはけ口としてのナショナリズムの勃興があり(加藤氏)、韓国では権威主義体制下に潜伏していた反日・ナショナリズムが民主化によって噴出し、政府の対日政策への強力な圧力要因となった(金鳳珍教授)。
思想の対抗軸の消滅(加藤氏)、リベラル知識人の議論が「戦う保守」の登場によって後退した(張寅性教授)との指摘に、新右翼団体「一水会」最高顧問の鈴木邦男氏は「右の天敵がいなくなった。バランスが崩れ私が左に括られるほど。右は分かりやすいフレーズで心をつかむのに左は反論がヘタ。論議が劣化している」と補足した。
敵対的な共犯関係結ぶ両国
これに対して毎日新聞編集委員の伊藤智永氏は、「右傾化はそれほど明確なのか」とし、一例として「特攻基地を巡礼する一群の若者」をあげ、「右翼のそれと違い一人ひとりが崇高なもの、純粋なものをまじめに求めている。求道的なのであって、何か(政治的)葛藤があるわけではない」と「右傾化過剰視」に疑問を呈した。
だが、「愛国」ムードへの懸念は強い。「(日本では)『戦後』が終わり、『(3・11)震災後』が始まった」、「歴史認識についての浄化メカニズムが劣化した。ミクロ空間だけを愛する人が増えた」(金暎根・高麗大日本研究センター副教授)。「朝鮮人特攻兵を扱った『ホタル』に主演した高倉健は、こういう映画をつくる国の、国民であることを誇りたい、と語った。『ホタル』と『永遠の0』はセットになっている」(黄盛彬・立教大教授)。
「双方に高まったナショナリズムは、敵対的な共犯関係を結び、反日と嫌韓を再生産する。ただ、反日には歴史の克服と和解への呼びかけが投影されている」(金鳳珍教授)、「韓日間の葛藤はパラダイムの転換のための平等性、相互性と認定性を促す触媒。正常とも言える」(張教授)との見解も示された。
鈴木氏が「自称、愛国主義者はニセモノだ。愛国は自己申告するものでも、相手を貶めてするものでもない」と語れば、このシンポの共催団体である東北アジア歴史財団の金?奎弘報教育室長は、「葛藤正常論」について「必ずしも異常とは言えない」という表現が望ましいのではないかと指摘し、「両国が共存共栄するためにむしろ、『親韓』、『親日』こそそれぞれの愛国において重要ではないのか」と強調した。
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シンポジウムの基調講演・個別報告を抄録し紹介する(文責=編集部)
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基調講演
『敗戦後論』から安倍政権の暴走へ‐日本社会の構造変化の背景
衰え明らか「平和主義」…文芸評論家 加藤 典洋
憲法解釈の変更による集団的自衛権行使の閣議決定に対し、多数の国民が反対であるにもかかわらず、安倍内閣の支持率は大きく揺らぐことがない。背後には、日本の戦後を導いてきた平和主義の衰えがある。
1990年代半ばから、思想の対抗軸の消滅(55年体制の崩壊、日本社会党の溶解)、保守右翼の台頭、世代交代の進行にともなう経験継承の貧困化などが顕著になった。戦争体験者と戦没者遺族がほとんどいなくなり、抑止力としての記憶が消え、過去の戦争がたやすく美化されてきた。新しい戦後の価値を伝える教育の欠如もベースになっている。
一方では東アジア圏の経済的な興隆があった。1980年のGDP(国内総生産)は、日本1兆870億㌦、韓国644億㌦、中国3034億㌦だった。2014年には日本4兆8463億㌦(4・5倍)、韓国1兆3079億㌦(20・3倍)、中国10兆276億㌦(33・1倍)になっている。「横並びの経済関係」が出現した。
この過程で、中国に共産主義思想風土の枯渇が見られ、韓国に市民社会の急成長による伝統的価値観の後退があった。日本には、経済・国力の相対的な低下からくる国内的な不満のはけ口としてのナショナリズムの勃興がある。そこには長すぎる対米従属関係へのフラストレーションも作用している。
今後の課題として、「謝罪と協調と寛容の論理の再構築」、「リベラルな勢力の結集」、「東アジア間の文化的、経済的、政治的、思想的な連携の模索」、「各国の分析と共同作業」が設定されるべきだ。
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個別報告
戦後日本の民主主義の展開‥日韓関係からの逆照射
相対的均衡化で変容…東京大学教授 木宮 正史
機能的に補完しながら戦後日本の民主主義を構成した保守と革新だが、朝鮮半島に関しては対立構造があった。デタント期(1970年代)に、保守は韓国といっそうの緊密化をはかりつつ、北朝鮮に対しても前向きな姿勢を見せはじめ、革新は、韓国の反体制運動支援に傾斜した。
韓国の持続的発展と民主化は、「反共の防波堤」としての韓国の「対日従属」と「二重構造」によって支えられた日本の経済的繁栄+「日韓癒着」が韓国の維新体制と日本の保守一党優位の「民主主義」体制を支えるという構図を変化させた。
「敗戦・占領による民主化」が主であった日本からすると韓国の「自生的な民主化」は驚きであった。90年代以降、民主主義体制において日韓が並立し、関係構造が変容する。
垂直関係からパワーにおける相対的な均衡化、「市場民主主義」価値観の共有にともなう均質化、国家・政府次元の政治的領域から自治体、市民社会を含む社会文化領域まで関係の多様・多層化が進んだ。これは相互の和解、関係進展に帰結したのか。
日本は小選挙区制によって保守2大政党制を構築し政権交代を実現したが、その後の政権交代で野党勢力が分裂しており、この与件下では再び保守一党優位体制に固着する可能性もある。
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日本の保守と韓日関係
平等指向の触媒とも…ソウル大学教授 張 寅 性
ポスト冷戦・グローバル化は、東北アジアにパラダイムの転換を求めている。協力の在り方も旧来方式から脱しなければならない。韓日間の葛藤はそのための平等性の指向、相互性と認定性を促す触媒とも考えられ、異常ではなく正常と見ることもできる。
安倍首相の言う「(歴史の)客観的事実」と、朴槿恵大統領の言う「正しい歴史認識」の違いは、両首脳の個人的主観ではなく、両国の集団的主観の現れでもあろう。こうした葛藤は互いの存在を意識させ、それぞれの社会の矛盾や弱点を浮き彫りにする。
冷戦の終焉は日本の戦後体制に潜んでいた問題を顕在化させたが、和解と共生を模索したリベラル知識人の議論は、ほぼ同時期に登場した「戦う保守」によって後景に退かざるをえなかった。「戦う保守」は戦後体制の否定、歴史観の修正、国家意識や愛国心の高揚などを試みた。主体性模索の方法は、他者排除のナショナリズムや政治行動へと変質した。
現代日本の保守は、かつての保守主義者が持っていた教養主義を失っている。「真の保守」は、日本的な美や倫理を高める「国家の品格」だけでなく、国際社会に通じる「人間の品格」を持たねばならないだろう。
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韓日関係における『近代の呪縛』の構造不変と超克
反日には信頼も内包…北九州市立大学教授 金 鳳 珍
近代主義とオリエンタリズム、植民地主義、自己・自国中心主義などで構成される「近代の呪縛」は‐過去を人質とした現在の「不幸な歴史」も含む‐今なお世界を徘徊している。
1990年代以降、冷戦構造の下で成立した韓日の反共・保守の同盟関係に変化が生じ、両国関係における求心力が低下した。韓国では、民主化が権威主義体制下で潜伏していた反日意識とナショナリズムのエネルギーを噴出させ、政府の対日政策への強力な圧力要因となった。
双方に高まった偏狭なナショナリズムは、敵対的な共犯関係を結び、反日と嫌韓を再生産することになる。ただ、反日は日本(人)に対する憎悪だけでなく信頼と愛情を含み、加害者としての自己批判と責任意識への期待、歴史の克服と和解への呼びかけが投影されている。反日は日本にとって、問題であるだけでなく機会でもある。
韓日間の葛藤は近づいたからこそのものだ。ナショナリズムも決して悪いだけではない。これを相対化し、超えていくべきだ。東北アジアでは東アジア共同体論が展開されている。それはもはや「選択ならず必須なり」と言える。韓日を超えて現世代の責任は大きい。
(2014.12.10 民団新聞)