掲載日 : [2022-06-24] 照会数 : 2868
鄭玄雄画、新倉朗子訳「ノマと愉快な仲間たち」
[ 玄徳童話集 作品社 1800円+税 ]
ひびきあう万物‐ノマ・ワールド
評・津川泉(脚本家)
瓦屋根の韓屋の路地を元気に駆け抜ける子どもたち。表紙になっているのは「みんな、風の子」の挿絵(鄭玄雄)である。風の姿を自分そっくりと思うノマと仲間たちが風と遊ぶ様子が散文詩のようなタッチで生き生きと描かれる。
いたずら好きでやんちゃな主人公ノマと仲間たちは停車場に汽車を観に行こうとして迷子になったり(「汽車とブタ」)、時には静かな小動物の世界に一心に耳を澄ます。
「コオロギが鳴いています。日陰の石垣の下で、コオロギはだんだんノマに似てきます。……そしてだんだんノマはコオロギに似てきます。……みんなコオロギに似てきます」(「コオロギ」)。そしていつのまにか一緒にコオロギの声を発している子どもたちーー。
いのちあるものばかりか「ノマの目に見えるものはみな、お日さまも、板の間の甕も、屋根の瓦たちも……、みんなみなノマみたいに気持ちよくスーハアと深呼吸しています」(「コムシン」)。コムシン(ゴム靴)を買ってもらえないノマは父さんから靴を買ってもらった友達がうらやましい。どうしてぼくには父さんがいないのと母に聞く。遠くにいるのよと言い聞かせる母は思わず台所へ。きっと泣いているだろう母にノマは大きな声で歌う。「子どもらは萌えいずる朝鮮の花」と。
そして植民地朝鮮が解放の日を迎える8月15日、父の不在の理由も明かされ「ノマには大きな志がむくむくと湧いて」来る(「大きな決意」)。
「短編小説ヒキガエルが呑んだお金」。垣根の根元に埋めておいた石英に水晶が生えていないか夢想するノマ。思わず川端茅舎の「金剛の露ひとつぶや石の上」を思い出した。水晶のように透き通ったひとつぶの露が映しだす光や風、生きとし生けるものたち、森羅万象を俳句に言い止めた句群は「茅舎浄土」と呼ばれているのを。
訳者の新倉朗子さんは「長い人生の束の間の輝きのような子どもの頃を思い出させてくれる」(「訳者あとがき」)と記している。
ひびきあう万物を幼い魂ノマがひとつぶの露のように鮮やかに映しだす、ささやかなノマ・ワールド。私はそれを「玄徳浄土」と呼んでみたい。