掲載日 : [2020-07-08] 照会数 : 13413
<寄稿>ドラマ「愛の不時着」 魅力の神髄は…
[ Netflixオリジナルシリーズ『愛の不時着』独占配信中 ]
韓国エンタメの王道踏まえて
定石を外した新鮮さ
恋愛ドラマにはハマらない。そう自負しているにもかかわらず、「愛の不時着」にぐいぐい引きこまれ、一気に見終えた。
パラグライダーに乗っていたヒロインが突風に巻き込まれ、不時着したのは北朝鮮。そこへやってきた軍人に銃を向けられて……。そんな第1話を「ありえない」と斜に構えていたはずなのに。ずぶずぶとハマってしまったのである。
本作が巧みなのは、韓国ドラマ好きの心に刺さる要素が盛り込まれていること。主人公のユン・セリとリ・ジョンヒョクは、韓国の財閥令嬢と北朝鮮の将校という、いわば南北それぞれの最強キャラクターだ。
配されたのは、「私の名前はキム・サムスン」「シークレット・ガーデン」のヒョンビンと「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」のソン・イェジンという韓国ラブコメディ界のエース。
お互いをけん制し合う「最悪の出会い」から始まり、徐々に惹かれあうも結ばれるのは難しい、まるでロミオとジュリエット。切ない運命の物語は、韓国ドラマファンの心のツボをぎゅっぎゅっと押す。
同時に、北朝鮮内部での対立や韓国への脱出など、ハードボイルドな韓国映画ファンの期待に応える、スリリングなサスペンスシーンやアクションも。つまり、韓国エンタメの王道ポイントがちりばめられた作品といえる。
だが実は、「愛の不時着」の魅力の神髄は、こうした王道をしっかり踏襲すると同時に、いい意味で定石から外れているところだろう。
カギとなるのが、北朝鮮という設定の利だ。近頃の恋愛ドラマはスマートフォンやネットを生かしたテンポの速い駆け引きが主流だが、Wi‐Fiがない北朝鮮で主人公たちが連絡を取り合うのは昔懐かしい固定電話だ。
時にすれ違いもありつつ、障壁を超えながら心の距離を縮めていく恋人たちの様子は、向き合って言葉を交わし、自分と相手を信じることの大切さを思い出させてくれる。
北朝鮮そのものの描き方も興味深く新鮮だ。村の女性たちがテーブルを囲み、井戸端会議に花を咲かせるシーンや、活気に満ちた市場の様子。脱北者も協力したシナリオは、ハマグリのガソリン焼きや手編みのセーターなど、市井の暮らしをつまびらかにする。
リ・ジョンヒョクの部下である韓国ドラマ好きや子犬系イケメンなど、北朝鮮の軍人=怖いというイメージを一転させる個性豊かな4人の兵士たちも微笑ましい(彼らのファンになる人も多く、私もその一人)。
本作のヒットは、「星から来たあなた」「青い海の伝説」を手がけたヒットメーカー、脚本家パク・ジウンの手腕はもちろん、世界市場をターゲットにしたNetflixというプラットフォームの力も大きいだろう。
ネット配信で
広がるテーマ
韓国地上波向けに制作された既存のドラマよりテーマの幅が広く自由で、旬なドラマをほぼ同時期に配信する。ネット配信のドラマは、いわばワンクリックで飛べる韓国。より身近になった韓国ドラマは、幅広いファンを獲得していくに違いない。
ちなみに、このコラムで書いた「愛の不時着」のストーリーや見どころの数々は、主にドラマの前半部分だけのもの。中盤以降、さらに想定外の展開へ。見ると語りたくなるけど、面白すぎて語りつくせないのが、「愛の不時着」の魅力なのだ。
桑畑優香(ライター・翻訳家)