掲載日 : [2021-02-10] 照会数 : 4936
<書評>柳敏榮著 韓国演劇運動史「社会との関わりを問い」
[ 津川泉訳 風響社 4000円+税 ]
評・西堂行人(演劇評論家・明治学院大学教授)
演劇史家・柳敏榮氏の『韓国演劇運動史』が刊行された。700頁になる大著である。翻訳した津川泉氏は長年日韓演劇交流に関わり、彼が専門委員を務める日韓演劇交流センターが企画する「韓国現代戯曲リーディングX」が上演されたばかりだ。なかでも、金明坤作『激情万里』(演出/南慎介)は実作品でたどる韓国演劇史を見るようで、本書が実に参考になった。
同作は韓国の新派劇団「北極星一座」が苦闘するドラマで、尾崎紅葉の『金色夜叉』を下敷きにした『長恨歌』が劇中で演じられるなど、日本の新派からの影響を思わせ、改めて日韓演劇の深い交流と相互作用を感じさせた。
この演劇史の特徴は、「運動」という言葉が加えられているように、民衆の側から記された演劇史であり、演劇を娯楽や流行と捉えるのではなく、社会と演劇の関わりを一貫して問い、その根底にある「思想」が語られていることである。20世紀初頭の開化期にはじまり、日本の植民地化での新派劇の移入やパンソリを含む哨劇など伝統劇、民衆的な演劇やプロレタリア演劇、台詞中心としたリアリズムから民主化以降の学生を核とした「実験演劇」、さらにミュージカルの抬頭まで筆が及んでいる。とりわけ広場を中心にした「マダン劇」の記述が興味深い。野外から屋内に入ることで成立した韓国近代劇史だが、そこに収まらない屋外で営まれる韓国独自の「新しい運動」に着目したい。仮面劇、人形劇、パンソリなど伝統的手法が新たに再生させられているのである。
60年代以降の現代演劇の流れは、若干のタイムラグはあるものの、日韓ほぼ同一である。韓国の実験演劇と日本のアングラ・小劇場演劇がどう結びつき、歴史をたどったのか、これがわたしの今後の研究課題となった。
本書を読みながら、昨年上梓した拙著『日本演劇思想史講義』との類似性に思いを馳せた。韓国と日本のたどった歴史には相同性と差異はあるものの、演劇を社会思想史の観点から読み解く視座に、深い共感を覚えた。既存の日本の演劇史にない視点を本書から読み取れた喜びは何にもまして大きい。
(2021.02.10 民団新聞)