「世界の韓国」へ…負荷を奇貨に
世界の主要国が景気浮揚、雇用創出、福祉適正化、環境保全など、深刻な問題を抱えて曲がり角にある。12月に第18代大統領選挙を行う大韓民国も例外ではない。負債・疾病・失業・子弟教育などの問題を抱え、家庭の6割が危機・脆弱世帯と推定されてもいる(韓国保健社会研究院7日発表)。4月11日の第19代国会議員選挙で主要各党は、雇用創出と非正規職差別の解消、経済民主化による癒着的な事業集中の根絶、医療費・大学登録金の負担軽減、住宅供給の拡充、少子高齢化対策の本格化などを掲げた。大統領選挙でも国民生活の危機克服が最大の争点になろう。「成長」を犠牲に「分配」を重視する「福祉ポピュリズム」の台頭も懸念されている。争点の水面下にあって極めて重要な意味を持つのは、建国から今日までの大韓民国をどう見るのか、その歴史観にあるといって過言ではない。
信頼厚い開発モデル…東・西、南・北の融和を導く
またも「初の栄誉」
◆人口も大台に
韓国は今月中にも、1人当たり国民所得2万㌦以上、人口5000万人以上の条件を満たし、経済大国の代名詞とされる「20‐50クラブ」に仲間入りする。
昨年末現在で、1人当たり国民所得は2万2000㌦を超えており、年3カ月以上滞在する外国人労働者を含め4977万だった人口も、増勢が現状のまま推移すれば23日にも大台に乗る可能性が高い。日本、米国、フランス、イタリア、ドイツ、英国に次いで7番目となる。
オーストラリアやカナダは、1人当たり国民所得が4万㌦台でも人口は2380万人、3513万人と少ない。人口が多く経済発展がめざましい中国、インド、ブラジルの場合、1人当たり国民所得は最も高いブラジルでも1万3000㌦に満たない。ロシアもほぼ同水準だ。
「20‐50」に最も早く到達した日本が1987年。6番目の英国は1996年だった。クラブにとって韓国は、16年ぶりに迎える新顔ということになる。しかも、今後当分の間、クラブ入りする国は現れそうにないという。人口規模と1人当たり国民所得を高い水準で両立・達成するのは、それだけ難しいこととされる。
韓国が先進国クラブと呼ばれるOECD(経済協力開発機構=現在34カ国)の、29番目の加盟国となったのは1996年。同機構の委員会の一つで、世界の援助の95%を扱うDAC(開発援助委員会)に正式加盟したのが2009年11月。24番目だった。
◆援助する側へ
満場一致の承認を受けた祝辞で、OECDのグリア事務局長は、「韓国が真の先進国クラブに加盟した」と語った。OECD韓国代表部の金仲秀大使は、「世界の開発途上国が韓国を発展モデルとする契機になるものと考える。韓国はDAC加盟国として国際社会での責任と役割を果たすだろう」と応えた。韓国は援助規模を2015年までに、GNI(国民総所得)の0・25%に増やす計画だ。
「援助された国」が「援助する国」になったのは史上初のこと。「20‐50クラブ」入りするのも、第2次世界大戦後に独立した国では初めてである。
画期の88ソウル五輪
◆ハンディ克服
韓国には「世界で初の栄誉」とされるものが実に多い。
そのなかでも、画期的な意味を持ったのが1988年のソウル五輪である。言うまでもなく、第2次世界大戦後に独立した新興国では初めての開催だ。しかも、歴代開催国に比べて多くのハンディを抱えていた。
ソウル五輪の前4回の大会は大荒れだった。72年のミュンヘンでは、パレスチナ武装組織がイスラエル選手11人を殺害した「黒い9月事件」があった。76年のモントリオールは、アパルトヘイト(人種差別)政策をとる南アフリカ共和国への対応を巡って、アフリカ諸国が参加を拒否した。
80年のモスクワ五輪は、その前年に起きたソ連のアフガニスタン侵攻に反発し、多くの西側諸国が参加を拒否もしくは見送った。84年のロサンゼルス五輪は、その前年の米国によるグレナダ侵攻をとらえ、今度は東側諸国がボイコットに出た。事実上の報復である。
「漢江の奇跡」を遂げた韓国とはいえ、波乱続きの大会を成功させる能力があるのか。分断国家の立場で東西対立を治癒できるのか。一方から軍事的な威嚇とテロの対象となっているのに安全は保障されるのか。数々の懸念が表明された。事実、北韓は87年11月、大韓航空機爆破事件(乗客・乗員115人全員死亡と認定)を起こし、国際社会の不安をあおった。
◆強い目的意識
しかし韓国は、過去最多の国・地域が集うなかでソウル大会を見事に成功させた。それは「世界のなかの韓国」を大きくグレードアップさせただけではない。自らの国家理念を明確に打ち立て、韓国が国際社会に初めて、前向きの強烈なメッセージを発信する場ともなったのである。
88ソウル五輪には二つの使命があった。人類の祭典とも言うべき五輪大会を、連続2回にわたって片肺にした激しい東西対立を融和へと導くこと。
もう一つは、豊かな北半球と貧しい南半球とのアツレキを、協調へと転換させることだ。当時は東南アジア諸国やインド、ブラジルなどがめざましい経済発展を見せる今日では想像できないほど、経済格差による南北の葛藤は深刻だった。
二つの使命はもちろん、IOC(国際オリンピック委員会)や国連機関などから正式に付託されたわけではない。東・西と南・北のきしみの打開を、国際社会が切実に求めていたのである。
米・ソを頂点とした東西対立は第2次世界大戦中から、すでに後戻りできないほどに先鋭化していた。韓半島の分断はそのひとつの産物であり、北韓と対峙する韓国は東西対立の最前線にあった。同時に、同大戦後に独立した新興国でありながら、アジアで2番目の五輪開催国となるまでに国力をつけた韓国は、経済格差問題では南北の中間にあった。
提起された二つの要求を韓国は、国際社会が期待するレベルを超え、自らの歴史的な、国家的な使命とした。なぜなら、韓国にとってそれが国際社会に貢献するにとどまらず、既成の秩序が強いてきたバリアーを突き破り、国益を思いっきり追求する道を開くことにもなるからだ。
◆途上国へ勇気
ソウル開催が決まったのは81年9月。大会成功のためにはソ連、中国など東側諸国の参加が不可欠だ。韓国は経済・スポーツ交流を軸に北方外交を大胆に展開し、社会主義諸国の大挙参加を勝ち取った。89年から92年にかけて、ハンガリーを皮切りに東欧諸国、モンゴル、ソ連、中国、ベトナムと相次いで国交を樹立する。
その過程で、90年のドイツ統一が象徴するように、東西冷戦構造が音を立てて崩れて去ったのはよく知られるところだ。ソウル五輪の、韓国の果たした役割は小さくないと評価されている。
豊かな北と貧しい南の関係をアツレキから協調・発展へと変換させる使命はどうだったか。ソウル五輪の成功自体が南の諸国に希望と勇気を与えたことがまずある。それ以前に、参加国を増やすための便宜提供のレベルを超え、北方外交に劣らない力量を投じたことを忘れてはならない。
韓国は60年代初頭から数次の経済開発計画で、軽工業を経て重化学工業へと輸出産業を育成し、70年代初頭からは農漁村近代化のためのセマウル運動を展開した。農工業から治山緑化まで、「漢江の奇跡」と称賛された発展の実績を背景に、韓国は新興諸国との間で経済開発モデルとしての信頼を獲得するのに成功している。
学ぶ姿勢、中国も一貫…北韓の阻止工作 はねのけ
加速した韓国研究
二つの歴史的使命は同時並行で遂行された。このもっとも適切な証言者は中国であろう。
社会主義経済に「市場」を取り込んで中国経済の今日を築いた主役であり、「中国経済の良心」と尊敬を集める経済学者・呉敬氏(82)は、さる4月、セミナー出席のため訪韓した際、財務部長官(83〜86年)や副総理兼経済企画院長官(86〜87年)を歴任した金満堤氏の名をあげながら、「韓国から多くのことを学んだ。本当に感謝している」と語った。
呉氏によれば、中国は80年代の改革開放の初期、韓国の発展計画に学びたいと望みながらも、国交がなかったため公には踏み出せなかった。そこで一計を案じた。国際機関に依頼して東南アジアで国際経済セミナーを開き、そこに韓国の官民各界から経済指導者を招待して交流し、直接学ぶ糸口をつくったのだという。
北韓による執拗な阻止工作にもかかわらず、92年の国交正常化後、中国の韓国研究が加速したのは言うまでもない。94年から95年の間に、江沢民国家主席ら権力序列トップスリーが相次いで訪韓するなど、韓国との協力強化は実体経済においても一挙に進んだ。
世界第2位の経済規模を誇るまでになった現在の中国でも、「中進国病」をどう回避するのか、政府主導から民間主導へと経済運営を転換させる際のリスク管理をどうするのかなど、韓国をベンチマーキングする視線はなお熱い。
影を落とす従北勢力
80年代の《主思派》台頭
改革開放にともなう中国経済の発展に貢献した韓国は、ほどなくして、巨大な市場に成長した中国から大きな恩恵を受けるようになる。
韓国は昨年末、貿易規模が1兆㌦を超す9番目の国になった。20年前までは国交がなく、現在も北韓とは血盟の関係にある中国が、輸出・輸入先ともにナンバーワンの規模を占めるまでになっている。
韓国はEU(欧州連合)・米国などとのFTA(自由貿易協定)発効に続き、中国・日本とも交渉を進行させ、ASEAN(東南アジア諸国連合)地域でもリーダーシップを発揮している。韓国は最大の《FTA領土》を有するグローバル貿易のハブ国家として、堂々たる地位を占める。
東・西、南・北の十字路に位置する負荷を奇貨に変換し、ソウル五輪を成功させなおかつ付加価値を最大化しようとした80年代の決意と勇気、またそれを可能にした建国以来の努力を度外視して、今日の韓国を語ることはできない。
欧州でベストセラーとなり、日本でも話題を集めた『21世紀の歴史』(日本語版08年8月発行)は、それぞれの時代をリードした「中心都市」を軸に世界史を検証し、今後100年を展望した。
著者のジャック・アタリ氏はそこで、台頭めざましいアジアのなかでも韓国は最大勢力となり、2025年までに韓国の1人当たり国民所得は2倍となるほか、その卓越したテクノロジーと文化的なダイナミズムによって世界を魅了し、新たな経済的・文化的なモデルになると予測した
◆破滅への道も
アタリ氏はしかし、韓国の成功の永続性は北韓による二つの破滅的なシナリオを回避し、独自の路線を切り開く能力にかかっていると警告することを忘れなかった。
一つは、北韓の独裁体制の崩壊によって吸収統一を余儀なくされる可能性だ。この場合の経済的なコストは甚大である。もう一つは、北韓が破れかぶれの軍事行動を仕掛ける可能性だ。奇跡の経済成長を無に帰すことになりかねない。
しかし、韓国にはもう一点、憂慮すべき問題がある。最左翼政党である統合進歩党の内紛をきっかけに、改めて浮上した《従北勢力》の存在だ。
北韓は多くのものを失い、わずかな現存資産をなお失いつつあるが、その代償として得たものがあるとすれば、核兵器の開発能力と従北勢力の二つだと言われている。
その中核グループの思想的、組織的な母胎となったのが主体思想を信奉する《主思派》である。朝鮮共産党、南労党(南朝鮮労働党)など旧左派世代と連携した形跡はなく、統一革命党(68年8月摘発)のような北韓の対南工作の産物でもない。民主化運動を主導した386世代(90年代に30代となり、80年代に学生運動を行った60年代生まれ)の先鋭的な活動家内部で自生したとされる。
主体思想に基づく《対南革命》をめざす《主思派》が、韓国がソウル五輪の成功に全力を注いでいた80年代中盤に芽生え、各大学に急速に勢力を拡大したのは歴史の皮肉と言わねばならない。
(2012.6.13 民団新聞)